営業部の穂積先輩は今日も不機嫌で困る
「第二営業部のプランは、サンプル提供していただくサシェとのセット販売を軸にしています」

 クライアントから提供されるパウチのサンプルをどう使うかは、営業の現場判断だ。わたしがそれを体験用に使うのに対し、蝦名さんは商品につけてセット販売するという戦略を立てている。

「顧客の『まず試したい』という心理を価格で後押しするのはいかがでしょうか」
「……確かに、これなら手に取ってもらいやすいですね」

 蝦名さんが添付した資料の売り場イメージやコピーを眺めながら、クライアントの一人が頷いた。
 空調が効いているのに、背筋に嫌な汗をかく。対照的に、蝦名さんは涼しい顔で淡々と言った。

「体験自体を否定するつもりはないですよ。ただ、体験しないと伝わらない商品って、売りづらいんですよ。ドラッグストアの顧客は、急いでる方が多いので」

 そこで言葉を切り、彼女はわたしの目を見て迷うことなくはっきりと告げた。

「伝わると、売れるは別なんですよね」

 その発言に、思わずはっとさせられる。
 それは穂積先輩の営業とは少し違う。だけど、なぜか同じ圧を感じる言い方だった。
 何気ない口調なのに、反論の糸口が見つからない。

「……ですが」

 やっと絞り出した声は、自分の想像よりもずっと弱かった。

「この商品は一度実感すると継続率が高いというデータが出ています。
 ……それに、実際に触れていただいた方が、商品の魅力は確実に伝わるのではないでしょうか」
「そうですね、伝わると思います」

 あっさりと肯定されて、一瞬だけ言葉が止まる。

「ただ、それがどれだけ売上に繋がるのかは、別の話ですよね」

 完全に、論点を握られてしまった。
 会議室の空気が、ゆっくりと固まっていくのを肌で感じる。クライアントが一度視線を落とし、考えるように提案書を見た。

「両方、良い視点だと思います。でも今回は、まず手に取ってもらう数と、購入数を優先したいので……」

 言葉の続きを聞かなくてもわかる。
 どちらに傾いたかなんて、はっきりしていた。

「旗艦店は第二営業部さんの案をベースに、もう一店は第一営業部さんにお任せしていいでしょうか」
「はい、それでよろしくお願いいたします」

 蝦名さんが即答する隣で、自分だけが一拍遅れる。

「……はい。お願いします」

 うまく声が出せない。自分の案が通らなかったことよりも、主張したいことをまともに話せない自分が悔しくて、奥歯を噛みしめる。
 わたしの提案が間違っているとは思わない。だけど、圧倒的に何かが足りていない。

 蝦名さんは、わたしには何の興味もないという顔で、会議室を出たあと、こちらを一瞥することなく去って行った。
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