営業部の穂積先輩は今日も不機嫌で困る
「……やめません」

 自分でも思ったよりも、はっきりとした声が出た。
 蝦名さんがわずかに眉を動かす。

「理由は?」
「伝わるからです。
 一度実感した人は、今買わなくても戻ってくる可能性があると思うし、その入口を作ることも、プロモーションの必須要素ですよね」

 意固地になっていると思われるかもしれないけれど、自分の感覚を疑いたくはない。そういう気持ちを込めた。

「実際に触ってもらえれば、商品の良さはちゃんと伝わります」
「うん。それはそうだと思う」
「え?」

 あっさりと肯定され、拍子抜けしてしまう。けれど、続く言葉に唇を結んだ。

「でも、それで売上に繋がってないでしょ?」
「……はい」
「伝わると売れるは、別軸で考えるべきなのよ」

 会議でも聞いた言葉だ。何も言い返せないでいると、蝦名さんはため息交じりにこちらを見た。

「鮎川さん、元は企画部よね」
「……はい」
「だから、イベントの見方はちゃんとできてる。それはあなたの強みだと思う」

 思わず、顔を上げて彼女を見た。そこには、穂積先輩と同じ、冷静に物事を見つめる眼差しがある。

「でも、営業に必要な要素はそれだけじゃないの」
「……必要な要素?」
「そう。今回みたいなケースなら、誰が最終的にお金を出すのかを先に考えないと、施策の組み立てがぶれる。それはわかる?」
「……いえ……わかっていませんでした」
「そこ、穂積くんなら最初に教えると思ってたけど」

 そう首を傾げられ、心臓がひやりとした。自分のせいで穂積先輩が悪く言われるなんていやだ。

「あの……穂積先輩は教えてくれたんだと思います。わたしが理解していなかっただけで」
「……いいわ。じゃあ、今覚えて。提案ではね、まずどの数字を取りにいくかを決めるのが大事なの」

 蝦名さんはドラッグストアの奥を見つめて、噛み砕くように言った。

「今回のケースで優先すべきなのが売上なのは、さすがにもう気がついてるわよね」

 頭では理解している。何より優先すべきなのが売上だということは。だけど、それと提案を切り離すことができない。

「……それでも、実際に触れてもらった人の反応は、悪くなかったです。
 あれを無かったことにはしたくありません」

 蝦名さんが、わずかに息をつく。

「あなたって意外に融通が利かないのね。……じゃあコストは見てる?」
「え?」
「人員、スペース、時間。全部かかってるわよね。……それでこの数字だと、正直、赤よ。クライアントに説明つかないレベル」

 逃げ場のない完全な正論だった。
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