営業部の穂積先輩は今日も不機嫌で困る
「……でも、昨日より確実に足は止まってます」
「それは感覚的なもの? それともデータがあるの?」
「それは……ないですけど、でも……」

 昨日体験に来たお客様の顔を思い出す。数字には即座に繋がらなくても、印象が悪かったとは思わない。

「試した人には、ちゃんと残ると思うんです。その場で買わなくても」
「それ、検証できる?」
「……え?」
「その印象が残るっていう、数字的な根拠は?」

 視線が、まっすぐこちらに向く。

「そこが見えない限り、クライアントには説明できないと思う」

 そんなもの、測れるはずがない。震える両手を身体の正面でぐっと握りしめた。

「……でも、体験自体は意味があることだと思います」
「あなたの提案のすべてを、否定はしないわよ。けど、今はそれをやるタイミングじゃないと思う」
「タイミング、ですか……?」
「この商品、今は売るフェーズでしょ。だったら、まずは売ることを優先すべきだと思うけど」

 蝦名さんの言葉は説得力があるし、指摘が間違っているとは全く思わない。だから、本来なら我を通す場所じゃないことも、理解している。
 それでも、どうしても譲れなかった。
 
「でも……わたしは、このやり方でやりたいです」

 初めて、自分の意思で言葉を選んだ気がした。
 蝦名さんは僅かに目を細めて、わたしを見た。

「なぜ?」
「……まだ、うまく言えません。だけど、やれること全部を試してないし、このままやめたら、何が原因だったのかも分からないままで終わりますよね」

 蝦名さんが値踏みをするようにわたしを見た。

「お願いします。今日一日だけやらせてください。結果が出なかったら、そのときはやり方を変えます。
 だから、今日だけは見逃してもらえないでしょうか?」

 頭を下げて丁寧に頼むと、上からため息が落ちてくる。
 そのままの姿勢で固まっていると、「……まあ、いいんじゃない」と呆れ交じりに呟かれた。

「え?」

 顔を上げると、蝦名さんが肩を竦めてあっさり言った。

「そこまで言うなら、やってみたら?」
「いいんですか?」
「ただし、結果はちゃんと見ること。感覚じゃなくて、数字で」
「……はい」
「そこで納得できるなら、それでいいと思うよ」

 それだけ言うと、蝦名さんは「じゃあ、次があるから行くわね」と去って行った。
 
 売り場に戻り、もう一度商品を見つめる。
 結果を出せる自信なんかまったくない。だけど、

「まだ、諦めたくない」

 その気持ちだけは、はっきりしていた。
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