営業部の穂積先輩は今日も不機嫌で困る
 少し売り場から離れた場所で、人の流れと商品の位置を見つめ直す。
 タワー型の什器に並んだ美容液。
 その前を、何人もの買い物客が通り過ぎていく。
 時折、足を止めて手に取る人はいる。だけど、すぐに戻される。
 蝦名さんの売り場との一番の違いはなんだろうかと、脳裏に昨日見た現場を思い浮かべる。
 
 わたしの売り場では足が止まる。
 蝦名さんの売り場では商品が減る。

「……買う理由がないと、人は動かない……」

 体験だけじゃ足りない。でも、売ろうとするだけも違う。
 その間を、繋ぐ何かが必要なんだ。
 
「昨日までのやり方を、全部捨てるべきなのかもしれない……」

 必死に頭を巡らせ、そのための道筋を立て直す。考えるんだ。売るために何をここですべきなのか。
 そのタイミングで、タッチアップをしてくれるスタッフが売り場にやってきた。

「お疲れさまです」
「鮎川さん、お疲れさまです。今日も頑張りますね」

 そう言って、彼女は商品棚を整理したり、在庫表のチェックを始めた。最後に商品を手に取ると、数滴を手の甲に載せて伸ばした。
 右手だけ、肌の質感がわずかに変わって見える。
 その様子を眺めて、はっと閃く。
 商品そのものではなく、使用後の変化を伝える必要があるのかもしれない。

「すみません、昨日と少しだけやり方変えてもいいですか?」
「あ、はい。いいですけど……」
「昨日までの説明は、いったん忘れてください」

 自分でも驚くくらい、言葉ははっきりしていた。

「えっと、じゃあ、今日は何をお伝えしたらいいですか?」
「説明は、一点だけに絞ってください」
「一点ですか……?」
「はい。『これを使うと、メイクのノリが違う』。それだけでいいです」
「はい……」

 スタッフが戸惑った顔をするけれど、構わず続ける。

「あと、あなた自身の両手も、サンプルにしましょう」
「私の手を、ですか?」

 手元のテスターを取り、自分の右手の甲に乗せる。

「何もつけてない状態と、これを使った後だと、触った感じが全然違うでしょう? お客様がタッチアップを避けた場合には、こんなふうに自分の手を見せてあげて。変化をイメージさせることが大事なの」
「なるほど……」
「あとは……まだサンプルの在庫がかなり残っているから、反応がいいお客様には、試供品として提供しましょう」
「いいんですか?」
「ええ。ばら撒くわけじゃなくて、在庫を数えながらになるけど」

 そう指示を出しながら、タッチアップの位置を少しだけ調整する。
 タワー型什器の真正面ではなく、その手前。通り過ぎる人の視界に、横から差し込む位置にずらす。
 ここなら、入口から入ってきた買い物客が立ち止まらなくても、視界に入るはずだ。
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