営業部の穂積先輩は今日も不機嫌で困る
 準備を終えて、再度スタッフに向き合う。

「最後に、ひとつだけ大事なことを伝えてもいいですか?」
「はい。なんでしょうか?」
「絶対に、売ろうと思わないで」
「え!?」
「売りたいという気持ちを前に出すと、人は買いたくなくなるの。だから、売るんじゃなくて、『これを使うとどう肌が変わるか』だけを伝えてあげてください」
「……それ、うまくいきますかね?」

 不安そうなスタッフの顔を見ると、一瞬心が揺らぎそうになる。だけど、そんな自分を隠して、わたしは大きく頷いた。

「とりあえず、やってみましょう」

 ◇

「これって、広告に出てた商品ですよね?」

 通りすがりの女性が、ふと足を止めてスタッフに声を掛けた。

「はい。導入美容液なんですけど、これを使うと朝のメイクのノリが全然違うんですよ」

 スタッフがぎこちなく言葉を繋ぐ。

「気になるようであれば、商品をこの場でお試しいただくこともできますが」
「いいんですか?」
「はい。こちらにどうぞ」

 そのままタッチアップを始め、細かくその反応を確かめる。
 
「……あ、ほんとだ。こっちの方がしっとりしてる」
「そうなんです。これ使うと、化粧水の馴染み方が変わるんですよね。……私の手も、こちらが美容液を試した方で、左手は何もしてないんです」
「へえ……こうして見ると全然違うんですね」
「時間が経つ方が、変化が分かりやすいかもしれないです」
「そうなんだ……」

 視線が、そのまま商品に落ちる。そして、手に取られる。

「試しに使ってみようかな」
「ありがとうございます。サンプルもおつけしますね」

 スタッフがこちらを一瞬見て、これでいいかという顔をした。その視線に頷き返すことで、了承の意を示す。

 それは、昨日とは違う流れだった。
 同じやり取りが、今度は売上に繋がっていく。
 
 『全部説明しない』ことを徹底して、使用後のイメージを印象に残す。
 気づけば、小さな流れができていた。
 そこから二時間後。明らかに売上が伸び始めていた。
 もちろん大成功にはほど遠い。だけど確実に売上に繋がる手応えがあった。

「……なるほどね」

 背後から、落ち着いた声音が届く。振り向くと、蝦名さんが立っていた。
 いつから見ていたのかわからないけれど、表情からは、すべてを把握している雰囲気が読み取れた。
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