営業部の穂積先輩は今日も不機嫌で困る
「悪くないわね」
「……ありがとうございます」
「正直、体験を残すなら、もっと非効率になると思ってたけど……ちゃんと売れる体験になったのね」

 その一言に、言葉にしづらい感情がわき上がり、胸の奥が熱くなる。

「ありがとうございます。蝦名さんが、止めずに見てくださったおかげです」
「いいのよ。穂積くんからも頼まれてたしね」
「……え? あの、何をですか?」
「あなたが折れないようなら、一度だけ目をつぶって欲しいって。正直、何を甘いことを言ってるのかと思ったけれど、鮎川さん、思ったよりガッツがあるのね」

 そう言って、蝦名さんは初めてわたしに微笑みかけた。

「営業、案外向いてるんじゃない?」

 ◇

 昨日とは違う成果を手に、スタッフを十分にねぎらってから会社に戻った。半日立ちっぱなしだったせいで、足も腰も重いけど、気持ちは昨日よりずっと軽い。
 パソコンを開き、今日の売上の数字を確認する。
 蝦名さんのエリアには、まだ届かない。
 だけど昨日より、確実に上がっている。売上画面を指でそっとなぞると、胸の中にじわじわとした喜びが込み上げてくる。

 きっとまだ、甘い部分がたくさんある。こんな程度の数字で満足するのは、意味がないのかもしれない。
 だけどそれでも、今日は自分を褒めたいと思った。
 自分のやり方で結果が出た。そのことが、思わず泣きそうになるほど嬉しかった。

「まだいたのか」
「……え?」

 急に声を掛けられて振り返ると、そこに立っていたのは、穂積先輩だった。
 時刻は間もなく十時になる。こんな時間に会社に戻ってくる人がいると思わず、すっかり気を抜いた顔をしていた自分が恥ずかしくて、前髪を少し整える。

「あの、お疲れ様です」
「ああ。……今日の数字、見たか」
「はい」
「……そうか」

 穂積先輩は自分のデスクに鞄を置き、少し悩んだ顔をしてから、こちらに顔を向けた。真正面から見つめられて、なぜかどきっとする。

「悪くなかった」
「え……」

 昨日も今日も、穂積先輩は売り場に全く立ち寄らなかった。忙しいから当然だし、むしろ仕事ぶりを見られる方が緊張するから、それでいいとすら思っていた。
 だけど、ちゃんと気に掛けてもらえていたんだ。

 そう思うと、勝手に口角が緩みそうになる。

「……はい」
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