営業部の穂積先輩は今日も不機嫌で困る
「よかった。これでなんとか戦えそう。……ああ、そうだ。鮎川さん」
「はい、なんでしょうか」

 急に声を掛けられて、立ち上がりながら返事をした。

「ルミエラの担当者から、電話があったわ。二日間の数字が悪くなかったから、週末までこの調子なら、プロモーションを全国に広げていきたいそうよ」
「本当ですか?」
「駅前店舗では、体験も継続したいそうよ。また打ち合わせしましょう」
「よろしくお願いします」

 わたしが頭を下げると、穂積先輩が満足そうに蝦名さんへ笑いかけた。

「……相変わらず抜け目ないな」
「当たり前でしょ。私が担当してるんだから」
「さすがだな」

  それは、ただの営業同士の会話だったはずなのに──昨日よりも強く、負けた気がした。

「あの……わたし、今日は疲れたので、そろそろ帰りますね……」
「そうね。お疲れ様。ゆっくり休んで」

 二人に向かって声を掛けると、蝦名さんが柔らかい声で応えてくれた。
 鞄を掴み、穂積先輩とは目を合わせないようにしたまま、少し早足で出口に向かう。

 『悪くなかった』

 数分前にその言葉を聞かされたときは、あんなにも嬉しく感じたのに。
 今は、なぜか胸が軋むように痛い。
 もやもやと胸の中に広がる苦い感情の正体に必死に気がつかないふりをした。そうしないと今日起きたすべてが、何の意味もなくなってしまうようで、怖かったから。

 駅へ向かう足取りは重い。
 人の流れに紛れるようにして歩きながら、さっきの光景を頭から追い出そうとする。

 ……負けたというよりも、スタートラインにさえ立てていない。
 その敗北感に胸が締め付けられるけれど、落ち込んでいる理由は、もっと別にあった。

 二人の会話は、あまりにも自然だった。
 多くを語らなくても通じ合う、お互いに信頼し合っている空気。
 今のわたしには全く手が届かなくて、口の中に苦みが広がったように感じる。

 なんでそんなことを考えているんだろう。
 別に問題なんてないはずなのに。
 そう思おうとするほど、胸の奥がぐちゃぐちゃに掻き回される。
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