営業部の穂積先輩は今日も不機嫌で困る
第六話 衝動に掛けられたブレーキ
 七月に入り、社内のキックオフが自社ビルの最上階で行われた。
 全国の営業部から二百人以上が集まる、年に一度の大きな催しだ。
 企画部にいた頃は、こんな世界があることも知らなかった。

 営業部長の挨拶から始まり、今期の数値目標や全体の課題が共有されると、次は表彰に移る。
 MVPで名前を呼ばれたのは、穂積先輩だった。
 壇上に立つ穂積先輩は、背筋をまっすぐに伸ばしたまま、無駄のない所作で賞状を受け取っていた。
 黒のスーツがきっちりと身体に沿い、照明の下でも輪郭が崩れない。
 涼しい顔で堂々と挨拶をしている姿を見ると、どこか遠い世界の人みたいに感じた。
 だけどその途中、不意に視線がぶつかる。
 ほんの三秒にも満たない時間だけど、ついどきっとしてしまった。

「……また穂積かよ」
「あいつが失速する日って来るのかね」

 前の方から聞こえてきた声に、自然と顔が向く。

「俺、今季は長谷部さんがいけると思ってたんですけどね」
「はは。ありがたいけど、穂積と張り合う気はないよ」

 長谷部と呼ばれた男性が、朗らかな声で笑った。
 名前だけは知っている。第二営業部の長谷部さんは、日報のランキングでいつも穂積先輩と一位を争っている人だ。

 そんなに見ていたつもりもないのに、長谷部さんが急にこちらを振り向き、目が合ってしまった。軽く会釈をすると、向こうもやわらかく笑い返してきた。

 表彰式が終わると、懇談会の場に変わる。
 長谷部さんはグラスを手に、そのままこちらへ歩いてきた。

「鮎川さん、だよね?」
「……はい」
「先月、日報のランキングに載ってたでしょ。新人が初月に載るってなかなかいないからさ。すごいなって思ってた」
「いえ、前任の方の数字なので……」

 確かに末端に名前が載った。けれど、あれは穂積先輩から引き継いだクライアントで、去年の実績が売上に繋がっただけだ。わたしの実力でもなんでもない。
 そんな気持ちが顔に出そうで思わず視線を落とすと、長谷部さんは軽く首を振った。

「いや、それは普通に評価されていいと思うよ。
 担当が変わって売上が落ちる例なんて、いくらでもあるからね」

 その言い方があまりにも自然で、変に身構える隙がなかった。
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