営業部の穂積先輩は今日も不機嫌で困る
 ◇

 数日後、企画部との合同会議が入った。
 営業部の動きに合わせ、開始時間は午後七時。外勤から慌てて戻り、なんとか遅刻にならずに済んでほっとする。

 議題は、来年に予定されている大型イベントの施策について。
 全国規模で展開される案件で、営業と企画の連携が不可欠になる。前期まではマネージャークラスで意見をすりあわせてきたが、現場の声を企画段階で積極的に拾うため、今後はこうした会議が月に一度は入るらしい。

 会議室には、各部署の担当者が集まっていた。
 ……浦沢さんはいない。そのことに少しほっとしたとき、矢田さんの姿が目に映った。
 正面のスクリーンに資料が映し出され、企画側の説明が始まる。

「今回のイベントは、ブランド認知の拡大を主目的としています。体験ブースを中心に据えて──」

 淡々と進む説明を聞きながら、頭の中で、売り場の動線や来場者の流れを想像する。資料の要点や気になる箇所にメモを書きこんだ。

「営業側から意見は?」

 部長のその一言で、空気が少しだけ引き締まる。
 穂積先輩が挙手をして、迷いなく口を開いた。

「一点いいですか。今回の設計だと、体験から購買への導線が弱い。
 体験自体は悪くない。ただ、その場で購入に繋げる仕掛けが不足している。イベント単体で完結させるなら、もう少し購買の動機を明確にした方がいい」

 企画側の席から、矢田さんが口を挟んだ。

「それは違うと思います。今回の施策は、短期的な売上じゃなくて中長期の認知を目的にしています。その場での購買に寄せすぎると、ブランドの見せ方が崩れる可能性があります」
「認知と売上は分けて考えるべきだと思います」
「穂積さんの意見はわかりますが、これは優先順位の問題です」
「その優先順位が曖昧だから、現場で迷うという話をしているんですが」

 二人の応酬に会議室の空気が静かに固まった。
 互いに一歩も引かないまま、数秒の沈黙が落ちる。

「……そのあたりは、もう少し詰めていこう」

 部長が間に入り、話を切った。

「時間も限られている。今日は方向性の確認までにしておこう」

 その後、議題は別の質問に移り、会議はひとまず締められた。
 資料を抱えたまま廊下を歩いていると、後ろから声を掛けられた。

「待って、美月」

 振り返ると、矢田さんが立っていた。

「少し、いい?」
「……はい。なんでしょうか」

 仕事の話だと思い、そのまま足を止める。

「さっきの会議、どう思った?」
「え……」

 いきなり振られて、少し言葉に詰まる。

「わたしは……穂積先輩の意見に賛成です。企画にいたときには見えなかったものが、ここに来て見えるようになったので」
「へえ……すっかり営業に毒されたんだな」

 矢田さんは薄く笑った。その言い方に、少しだけかちんと来る。
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