営業部の穂積先輩は今日も不機嫌で困る
そのとき、電車がゆっくりと減速を始め、車内アナウンスが流れた。
『大雨の影響により、安全確認のため、しばらく停車いたします』
車内に小さなどよめきが広がり、思わず先輩の顔を見上げた。
「……停まりましたね」
「参ったな」
「何か、このあと予定が?」
「いや、ないけど……」
そう答えながらも、穂積先輩の表情はどこか浮かないように見えた。
数分後、車内アナウンスが再び流れ、無情にも次の駅で運転を停止するという知らせが入る。
「嘘でしょ」
「俺はここが降車駅だけど、鮎川は……だよな」
……よりにもよって、わたしの最寄り駅の一駅手前だった。
改札を出ると、タクシー乗り場には既に長蛇の列ができている。あれに並ぶ元気はない。
「歩いて帰ります。一駅なんで」
後ろに立っている先輩にそう言うと、すぐに顔をしかめた。
「ばか。危ないだろ」
「でも、一応傘はあるし、たぶん三十分くらいで帰れますから」
そう言いながら自分でも、この雨では傘なんて何の役にも立たないだろうことはわかっていた。けれど、他に手段もない。
先輩は重いため息をつき、少しの沈黙のあと、思い切ったように口を開いた。
「……うちなら、ここからなら徒歩五分もかからない。
雨が落ち着くまで、寄っていくか」
「えっと……」
思わず言葉に詰まる。
もちろん穂積先輩は単純にわたしを助けようとしてくれているのだとわかっている。だけど、そんな気軽に男の人の家に上がっていいのか、判断がつかなかった。
確率的には低くても、もし誰かに見られて、先輩に変な悪評がついても嫌だ。
そう思いながら躊躇していると、勘違いさせたのか先輩が少し呆れた顔をした。
「別に何もしない。ただ雨宿りさせるだけだ」
「いえっ。それはわかってるんですけど、ご迷惑じゃないかって……」
「迷惑なら、そもそも声を掛けるわけないだろ」
その言葉に、躊躇っていた気持ちが少し緩む。気づけば、唇は勝手に動いていた。
「じゃあ……お願いします」
そう返事をしながらも、心臓が騒ぎ出すのを止められなかった。
小さく頭を下げると、先輩はそれ以上何も言わずゆっくりと歩き出す。
『大雨の影響により、安全確認のため、しばらく停車いたします』
車内に小さなどよめきが広がり、思わず先輩の顔を見上げた。
「……停まりましたね」
「参ったな」
「何か、このあと予定が?」
「いや、ないけど……」
そう答えながらも、穂積先輩の表情はどこか浮かないように見えた。
数分後、車内アナウンスが再び流れ、無情にも次の駅で運転を停止するという知らせが入る。
「嘘でしょ」
「俺はここが降車駅だけど、鮎川は……だよな」
……よりにもよって、わたしの最寄り駅の一駅手前だった。
改札を出ると、タクシー乗り場には既に長蛇の列ができている。あれに並ぶ元気はない。
「歩いて帰ります。一駅なんで」
後ろに立っている先輩にそう言うと、すぐに顔をしかめた。
「ばか。危ないだろ」
「でも、一応傘はあるし、たぶん三十分くらいで帰れますから」
そう言いながら自分でも、この雨では傘なんて何の役にも立たないだろうことはわかっていた。けれど、他に手段もない。
先輩は重いため息をつき、少しの沈黙のあと、思い切ったように口を開いた。
「……うちなら、ここからなら徒歩五分もかからない。
雨が落ち着くまで、寄っていくか」
「えっと……」
思わず言葉に詰まる。
もちろん穂積先輩は単純にわたしを助けようとしてくれているのだとわかっている。だけど、そんな気軽に男の人の家に上がっていいのか、判断がつかなかった。
確率的には低くても、もし誰かに見られて、先輩に変な悪評がついても嫌だ。
そう思いながら躊躇していると、勘違いさせたのか先輩が少し呆れた顔をした。
「別に何もしない。ただ雨宿りさせるだけだ」
「いえっ。それはわかってるんですけど、ご迷惑じゃないかって……」
「迷惑なら、そもそも声を掛けるわけないだろ」
その言葉に、躊躇っていた気持ちが少し緩む。気づけば、唇は勝手に動いていた。
「じゃあ……お願いします」
そう返事をしながらも、心臓が騒ぎ出すのを止められなかった。
小さく頭を下げると、先輩はそれ以上何も言わずゆっくりと歩き出す。