営業部の穂積先輩は今日も不機嫌で困る
 おずおずとリビングに進むと、先輩はキッチンに立っていた。すでにカレーのいい匂いが部屋には満ちている。
 手際よく鍋を動かす腕に、さっきよりも目がいってしまう。

「あの、何かお手伝いをすることは……」

 声を掛けると、先輩が一瞬火元から目を離してこちらを見た。

「……いや、ない。飲み物が欲しかったら勝手に冷蔵庫を開けていいから。お茶でもいいし、アルコールでもいいけど」
「は、はい」

 頷くものの、ここでアルコールを飲むような強心臓はわたしにはない。

「常温の水がよければ、そっちにウォーターサーバーがある」
「……ありがとうございます。いただきます」

 部屋の片隅にあるサーバーから、紙コップへお水を入れる。
 冷蔵庫を勝手に開けるより、ずっと気が楽だ。
 おもてなしをされているという感覚がないまま、さっきからずっと気を遣われていることに気がついて、穂積先輩の対人スキルに脱帽しそうになる。

「適当に座っていいよ。すぐできるから」
「はい。失礼します」
「いや、会社じゃないんだけど」

 ……会社の方がまだ緊張しません。
 そう言いそうになった口を閉じ、ソファに座って部屋を横目で見回した。
 そこまで来てはっとする。
 そういえば、勝手に上がり込んでいるけれど、穂積先輩に彼女がいたらまずいのではないだろうか。
 思わず、視線が勝手に恋人の存在を匂わせるようなものを探してしまう。

 家具は最低限で、テレビは置かれていなかった。
 整いすぎているわけじゃないのに、どこを見ても乱れがない。モノトーンで統一された家具と、きちんと収まった本棚が、この人の性格をそのまま映しているみたいだ。
 色々見ても、女性を感じさせるものがここにひとつもないことに、なぜか勝手に安堵した。同時に、そんなことを考える自分が、かなり嫌だと思った。

 ……でも、あんなに仕事していたら、誰かと付き合う時間もないのかもしれない。
 そう思いながら、視線を先輩に戻す。
 キッチンに立つ後ろ姿は、顔が見えなくても十分魅力的に見えた。
 あんなにかっこいい人に、付き合ってる相手がいないなんてこと、あるんだろうか。
 考えたくないのに、想像の余白を脳が埋めて騒ぎ出す。
 そのとき、急に先輩がこちらを振り向いて、思わず息を呑んだ。

「できたから、カウンターに移動して」
「あ……はい」

 ……ずっと視線を送っていたことは、バレてないようだった。
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