営業部の穂積先輩は今日も不機嫌で困る
 電話は思ったよりも長く、先輩はなかなか部屋から出てこなかった。
 そういえば、さっきは勝手に部屋を眺めて恋人はいないのかななんて考えたけど、仕事の電話にしては時間が遅いし、本当はそういう存在がいるんじゃないだろうか。

「……悪い」

 電話を終えた先輩が戻ってくる。

「いえ、全然……あの、雨が止んだらすぐ帰りますね。その……こういうの、先輩の彼女に悪いですし」

 何を言っているのか自分でもわからないまま、その言葉が口からこぼれた。

「は?」

 怪訝そうな顔をされて、慌てて言葉を探す。

「えっと、その……前に、先輩は社内恋愛はしないって聞いたんですけど、きっと社外には……」

 喋れば喋るほど、墓穴を掘っている。こんなことは、ただの先輩と後輩の仲で聞いていいようなことじゃない。
 穂積先輩は少し不機嫌そうに眉を寄せた。

「……恋人はいない」
「……え?」
「仮にそんな相手がいるなら、さすがにお前をここに連れてこない」
「あ……そう、なんですね……」

 ほっとしたような、別の何かに気づきそうな、妙な感覚になる。

「……お前は」
「え?」
「彼氏」

 なぜか、そう聞かれて心臓が一際大きな音を立てる。
 渇いた口を開き、消えそうな声で答えた。

「……いません。いまは、仕事で精一杯で……」
「……そうか」

 先輩は視線をそらし、気まずそうに横を向く。お互いに言葉が続かない。けれど、さっきまでとは違う沈黙だった。

 何も変わっていないはずなのに、前と同じ距離には戻れない気がする。
 理由は分からないまま、心臓の音だけがやけに大きく響いていた。

「あの……」

 そう言いかけたとき、沈黙を切り裂くように、ピンポーンとインターホンが鳴った。

 先輩が不機嫌そうに、リビングの入口にあるドアホンへ向かう。
 その様子を黙ったままじっと見つめていると、モニターから声が聞こえた。

『ごめんなさい、拓真。わたしだけど……』

 その女性の声にぎくりとして、思わずモニターに視線を移す。

 そこに映っていたのは、記憶の中よりも少し儚そうに見える女性。 
 ……応和企画の音羽さんだった。
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