営業部の穂積先輩は今日も不機嫌で困る
第七話 本音と優先順位
 モニター越しでもわかる。
 淡い色のワンピースに、雨を含んだ髪。少し濡れた姿はどこか現実感が薄く、それなのに、画面の中で音羽さんは異様な存在感を放っていた。

 穂積先輩は数秒だけ画面を見たけれど、すぐに目をそらし、応答しようとしなかった。けれど、彼女は諦められないような顔で、もう一度インターホンを鳴らす。
 
「……鮎川、今日、まだ時間は大丈夫か?」

 低い声が落ちてきて、はっと顔を上げる。

「えっと……はい」
「タクシー代は俺が出す。あと三十分くらい、ここにいてくれないか」
「でも、ご迷惑じゃ……」

 モニターの画面と、穂積先輩の苦そうな表情を交互に見た。
 音羽さんは間違いなく、穂積先輩に会いに来ている。だとしたら、お邪魔虫はわたしの方ということだ。
 そう思うのに、穂積先輩は首を振る。

「迷惑じゃない。それに、服も中途半端に濡れたものを着て風邪を引くくらいなら、今の服を着て帰った方がいい」

 その口調は静かだった。けれど、いつもの穂積先輩とは違う切迫感があった。

「……はい」

 頷きながら、どこか納得できない気持ちを自分の内側に感じる。
 穂積先輩がこんな顔をしている原因は、音羽さんで間違いないと思う。
 だけど、二人の関係を踏み込んで聞けるほど、わたしたちは近くない。

 そのとき、再びスマホが鳴った。
 画面を見た瞬間、穂積先輩が小さく舌打ちをする。
 そんな姿を見たのは、初めてだった。

「……ちょっと出てくる。絶対にこの部屋から出るな。できるか?」
「え? あ……はい」
「その辺の本棚にある資料とか本とか、好きに読んでていいから」

 そう言い残し、先輩は急ぐように部屋を出ていった。
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