営業部の穂積先輩は今日も不機嫌で困る
◇
夏季施策が本格化し、営業部は相変わらず慌ただしい。そんなある日、会社のロビーで偶然、企画部時代の同僚に声を掛けられた。
「あ、鮎川さんじゃない?」
振り返ると、以前同じチームだった女性社員が立っていた。
「久しぶり。営業部、どう?」
「大変だけど……なんとかやってます」
そう答えると、彼女はあれこれとこちらの近況を尋ねたあと、どこか気まずそうに視線を逸らした。
「あのさ……浦沢さんのこと、聞いた?」
「……浦沢さんですか? いえ。特には何も」
名前を聞くまで彼女のことを全く思い出さなくなっていたことに、少しだけ驚く。そのくらい、いまの自分から遠い名前になっていた。
「浦沢さん、最近企画部で、結構孤立してるんだよね」
「孤立?」
「うん。彼女のプランがすっかり平凡になったとか、仕事が雑だとか、いろいろ言われてて……」
その言葉に苦いものが胸を掠めたけれど、驚きはなかった。
「あのさ……鮎川さんが企画を盗られたって言ってたとき、ちゃんと信じてあげられなくてごめんね」
申し訳なさそうに謝られても、どう返事をすればいいのかわからない。
「いえ……もう過ぎたことですから」
「でも、あれってやっぱり本当だったの?」
問いかけに、一瞬だけ息を止める。
「……わたしからは、特に何も言うことはないです」
自然と、その言葉が口をついていた。
それは強がりじゃない。かといって、浦沢さんに対していい気味だという感情もわかない。
異動した頃は、あんなに戻りたかった企画部。
それなのに今は、自分とはもう別世界みたいに感じる。
それに……営業部に来なかったら、穂積先輩の下で働くこともできなかった。だけど、あの人の下にいない自分を、今は想像すらできない。
たったの数ヶ月でここまで心境が変わるとは思わなかったけれど、行き着いた結論には何の不満もない。
「今のわたしは、営業部で頑張ろうって思っています」
そう笑うと、相手もそれ以上は何も聞いてこなかった。
そのままエレベーターへ向かって歩き出しかけたとき、慌てたように走ってきた誰かとぶつかった。
「きゃっ」
「いたっ」
顔をしかめて相手を確認すると、浦沢さんだった。彼女も驚いたように目を見開いているけれど、視線が合った瞬間に、さっとそらされる。
「大丈夫ですか?」
声を掛けると、少しびくっとしたように身体を震わせた。
「はい。急いでるので済みません」
そう言って、浦沢さんはわたしから逃げるように走って去って行く。
以前より少しやつれて見えたし、あの頃の勝ち気な雰囲気も消えていた。
だけどそんな彼女を見て、すっきり気持ちが治まるという感覚にはならない。
小さく息を吐いて、わたしはエレベーターのボタンを押した。
夏季施策が本格化し、営業部は相変わらず慌ただしい。そんなある日、会社のロビーで偶然、企画部時代の同僚に声を掛けられた。
「あ、鮎川さんじゃない?」
振り返ると、以前同じチームだった女性社員が立っていた。
「久しぶり。営業部、どう?」
「大変だけど……なんとかやってます」
そう答えると、彼女はあれこれとこちらの近況を尋ねたあと、どこか気まずそうに視線を逸らした。
「あのさ……浦沢さんのこと、聞いた?」
「……浦沢さんですか? いえ。特には何も」
名前を聞くまで彼女のことを全く思い出さなくなっていたことに、少しだけ驚く。そのくらい、いまの自分から遠い名前になっていた。
「浦沢さん、最近企画部で、結構孤立してるんだよね」
「孤立?」
「うん。彼女のプランがすっかり平凡になったとか、仕事が雑だとか、いろいろ言われてて……」
その言葉に苦いものが胸を掠めたけれど、驚きはなかった。
「あのさ……鮎川さんが企画を盗られたって言ってたとき、ちゃんと信じてあげられなくてごめんね」
申し訳なさそうに謝られても、どう返事をすればいいのかわからない。
「いえ……もう過ぎたことですから」
「でも、あれってやっぱり本当だったの?」
問いかけに、一瞬だけ息を止める。
「……わたしからは、特に何も言うことはないです」
自然と、その言葉が口をついていた。
それは強がりじゃない。かといって、浦沢さんに対していい気味だという感情もわかない。
異動した頃は、あんなに戻りたかった企画部。
それなのに今は、自分とはもう別世界みたいに感じる。
それに……営業部に来なかったら、穂積先輩の下で働くこともできなかった。だけど、あの人の下にいない自分を、今は想像すらできない。
たったの数ヶ月でここまで心境が変わるとは思わなかったけれど、行き着いた結論には何の不満もない。
「今のわたしは、営業部で頑張ろうって思っています」
そう笑うと、相手もそれ以上は何も聞いてこなかった。
そのままエレベーターへ向かって歩き出しかけたとき、慌てたように走ってきた誰かとぶつかった。
「きゃっ」
「いたっ」
顔をしかめて相手を確認すると、浦沢さんだった。彼女も驚いたように目を見開いているけれど、視線が合った瞬間に、さっとそらされる。
「大丈夫ですか?」
声を掛けると、少しびくっとしたように身体を震わせた。
「はい。急いでるので済みません」
そう言って、浦沢さんはわたしから逃げるように走って去って行く。
以前より少しやつれて見えたし、あの頃の勝ち気な雰囲気も消えていた。
だけどそんな彼女を見て、すっきり気持ちが治まるという感覚にはならない。
小さく息を吐いて、わたしはエレベーターのボタンを押した。