営業部の穂積先輩は今日も不機嫌で困る
 珍しく定時で上がれそうな金曜日。

「美月」

 帰宅しようと営業部のフロアを出たところで、不意に後ろから名前を呼ばれた。
 その聞き覚えのある声に、反射的に顔が曇る。
 振り向くと、矢田さんがそこに立っていた。

「少し話せないか?」
「……もう帰るので」
「すぐ終わる」

 無視してさっさと通り過ぎればよかったのに、矢田さんに正面を遮られ、逃げるタイミングを失ってしまう。
 少し離れた窓際に移動し、ため息交じりに話を聞くことにした。

「この前も言ったけど、話がしたい」
「わたしはもう話すことないですけど」
「謝りたいんだ。浦沢の件について」
「……浦沢さんの件って言われても」

 今さら謝られても、あの頃についた傷がなかったことにはならない。
 そう思うのに、真剣な顔をしている矢田さんを見ていると、うまく口が挟めなかった。

「お前がまだ企画にいた頃、浦沢から、美月に企画を盗まれたって相談を受けてたんだ……」
「は? 身の潔白を訴えるんじゃなくて、わたしに盗られたって言ってたんですか?」

 さすがにそれは、想像もしていなかった。
 だから、あの頃、企画部の人はわたしを遠巻きにしたんだろうか。
 穂積先輩なら、きっとこういうとき、情報収集を怠らなかったのかもしれないと、ため息を吐きながら考える。

「その……証拠も見せられたから、疑う余地が見当たらなくて」
「証拠って……?」

 そんなものが本当にあるなら、浦沢さんなら絶対にもっと声高に主張したはずだ。そう思って尋ねると、思った以上に雑な話だった。

「企画データの更新履歴とか、二人がやりとりしたメールとか……」
「……だとしても」

 自然と声が冷たくなった。
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