営業部の穂積先輩は今日も不機嫌で困る
 ◇

 それから一ヶ月後。営業部へ異動して初めての朝。
 企画部との空気の違いに、少しだけ戸惑っていた。

 人の出入りは慌ただしく、始業時刻を過ぎても空席がかなり多い。
 きっとこれが、この部署の日常なのだろう。

「はい、注目。今日から配属の鮎川さんです。困ってたら助けるように」
「鮎川です。よろしくお願いします」

 営業課長に紹介される形でフロアに残っている人たちへ頭を下げると、何人かが顔を上げて軽く会釈を返してくれた。
 だけど次の瞬間には、それぞれの仕事へ意識を戻していく。

 なんとなく所在なげにしていると、フロアの向こうから、一人の女性が「美月!」といいながら駆け寄ってきた。

「え、凜? 久しぶり! そういえば、営業部にいたんだっけ」

 同期の夏野凜は、昔と変わらない明るい笑顔を浮かべた。

「そうだよ。今は第一営業部でアシスタントチーフを任されてるの。美月が異動になるって聞いて、嬉しくて」

 それはこちらの台詞だ。この完全アウェーの空間で、まさか同期に会えるとは思っていなかった。

「わたしも凜がいてくれてほっとしたよ。でもチーフってすごいね」
「全然だよ。あ、席に案内するね」
「ありがとう」

  連れてこられたのは、フロア中央付近にある島型のデスクだった。
 腰ほどの高さの半透明パーテーションで区切られていて、人影はあるのに、誰もが自分の仕事だけを見ているようだった。

 企画部みたいに資料やサンプルが積み上がっているわけでもなく、机の上はどこも驚くほど整っていた。
 デスクトップ型のパソコンと電話、それから最低限の書類だけ。
 
「端末の設定はわかる?」
「うん。マニュアルがあるし」
「イベント前だから、人が出払っててごめんね」
「謝られるようなことじゃないよ」
「美月は、最初は穂積(ほづみ)さんの下に付く予定だよ。ちょっと厳しい人だけど、勉強になると思う」
「穂積さん……」
「そう。うちのエース。結果しか見ないタイプだから、慣れるまでは大変かもしれないけど……今日は直行でまだ来てないから、あとで紹介するね」
「……ありがとう」

 結果しか見ないタイプ。
 営業部のエース。
 肩書きだけで、少し気が引き締まってしまう。そんな人の下で、本当にやっていけるのだろうか。
 弱気になりそうな心を、息を長く吐いて落ち着けた。
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