営業部の穂積先輩は今日も不機嫌で困る
「鮎川」

 急に名前を呼ばれ、はっと顔を上げる。

「……はい」
「お前はどう見る」

 穂積先輩の静かな問いかけに、メンバーの視線が、一斉にこちらへ集まる。

「えっと……」

 社内のトップ営業ばかりが揃う中で発言するのは、怖い。だけど、ここで黙るのは違う。必死に頭を働かせながら、さっき取ったメモに少しだけ視線を落とす。
 それから、決意を込めてまっすぐに前を向いた。

「……施設全体を回遊させたいなら、目的のある移動だけじゃ弱いと思います」

 緊張で声が少しうわずるが、構わずに続けた。

「人って、買い物のためだけに歩き続けるの、意外と疲れるじゃないですか。
 でも、少しだけ覗いてみよう、が連続すると、滞在時間が伸びやすくなるんじゃないかと思います」

 自分でも驚くほど、言葉が止まらなかった。

「たとえば、食フェスの試食をした人に、次のおすすめブースをスタッフが口頭で案内するとか。
 アプリ通知より、直接誰かに勧められたほうが動く人って多いので」
「……なるほど」

 長谷部さんが小さく頷く。

「それから、施設を全部回らなきゃって感じると逆に疲れませんか。
 だから最初から、今日は三つだけ見つければ得した気分になれるような設計にしたほうが、結果的に再来店に繋がる気がします」
「なるほど。コンプリート前提にしないってことね」

 蝦名さんがメモを取りながら確認するように言った。

「はい。また次も来たいって感覚を残したほうが、季節イベントとも繋げやすいと思います」

 そこまで言ったところで、会議室が静かになった。
 ……なにか変なことを言っただろうか。
 少し不安になって穂積先輩を見る。
 先輩は数秒黙ったあと、静かに口を開いた。

「……面白いな」
「……え?」
「施設側が欲しいのは、買い回りじゃなくて滞在理由だ。鮎川の視点は悪くない」

 自分の発言が認められた手応えで、無意識に強ばっていた肩の力が抜ける。
 その言葉を受けて、蝦名さんが続けた。

「しかも、それなら販促を変えなくても動線をいじれるわね」
「ああ。現場負荷もそこまで重くない」
「データも取りやすそう」
「……よし。Aチームはその方向で一回叩き台作ってくれ」

 自分の案が、当たり前のように会議の中に組み込まれていく。
 部長が資料へメモを書き込むのを見ながら、企画部時代とは全然違う空気に、目元が潤みそうになった。
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