営業部の穂積先輩は今日も不機嫌で困る
 会議が終わり、資料を抱えて廊下へ出ると、静けさが急に身に染みた。営業部へ戻る途中で一度足を止め、ため息をつく。

「……はあ。緊張した……」

 思わず壁にもたれそうになった、そのとき。

「鮎川」

 穂積先輩が、まっすぐにこちらへ向かってきた。

「はい、なんでしょうか」
「さっきの案、ちゃんと形にできるか」
「え?」
「思いつきで終わらせるな。導線、滞在時間、回遊率。全部数字で組み立てろ」

 厳しい言い方なのに、突き放された感じはしなかった。

「やる気は?」

 それは、できないことを疑っている顔ではなかった。
 試されている。だけど同時に、期待されてもいる。

「あります」

 そうきっぱり答えると、先輩は小さく頷いた。

「なら、週明けまでに叩き台を出せ」
「……週明けですか?」
「無理ならいい」
「いえ、やります!」

 反射的にそう返すと、先輩が少し笑った気がした。

「ん。期待してる」

 そう言い残して去って行く背中を見つめながら、呼吸が浅くなる。

 認められたい。それに、もっとこの人の隣で仕事がしたい。
 そう強く思ってしまった自分に、今はまだ気づかないままでいようと思った。

 大型プロジェクトのキックオフから一週間後。
 第五会議室には今日も張り詰めた空気が漂っていて、そこかしこで誰かが議論を重ねていた。コンペまではここを拠点に、部署関係なく関係者が出入りすることになる。

 壁一面に貼られたスケジュール表には、数値目標と達成項目が次々に追加されていく。
 各部署の人間が夜遅くまで出入りし、会議室の灯りだけがフロアで最後まで残る日が増えていた。

「単発で人を集める施策は、もうどこもやってる。必要なのは、滞在が習慣化する理由だな」

 穂積先輩が資料に目を落としたまま言う。

「たしかに。用事がなくても寄る施設になれると強いのよね」

 蝦名さんが頷きながら続けた。

 時刻は、既に夜九時を回っていた。
 会議室に残っているのは、穂積先輩と蝦名さん、安藤さん、そしてわたしだけだ。

「でも、認知拡大も切れないですよね」

 安藤さんが資料をめくる。

「周年案件って、結局、話題化をクライアント側が求めるから難しいんですよね」

 その言葉に、自然と口を開いていた。

「認知を取りに行きすぎると、購買導線が薄くなる。でも売上に寄せすぎると、周年施策として弱く見える。
 だから、イベントで終わらせない設計が必要なんだと思います」

 三人の視線がこちらへ向く。
 けれど以前ほど、その沈黙に呑まれなくなっている自分がいた。
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