営業部の穂積先輩は今日も不機嫌で困る
「具体的には?」

 穂積先輩の低い声に、資料を一枚引き抜いてテーブルへ広げる。

「店舗ごとの回遊率です。
 大型旗艦店だけを盛り上げても意味がないんです。来場者を、近隣店舗の継続購買に落とし込めないと」

 言葉にしていくと、自分の中でぼんやりとしていた企画の輪郭が、はっきりしていくのがわかった。
 顔を上げて、しっかりと周囲を見渡す。

「イベント会場限定じゃなくて、その後どこでも続く仕組みが必要だと思います。例えば会場体験後に、近隣店舗でだけ受け取れる特典動線を作るとか。
 ……あと、写真スポットも、一箇所だけだと弱い気がします」
「弱い、の具体的な根拠は?」

 蝦名さんが興味を示したように視線を向けた。

「撮って終わりになりやすいので。
 だったら、館内を回ると写真が完成する仕掛けのほうが、効果的かもしれません。
 例えば、エリアごとに装飾や演出を変えて、全部回ると世界観が完成するとか……」
「いいわね。他には?」
「他には……待ち合わせ場所として定着すると強いのではないでしょうか。
 とりあえずあそこ行こうって言われる場所って、来館理由になりやすいので」

 一瞬、会議室が静かになる。
 穂積先輩が、ゆっくり資料から顔を上げた。

「……続けろ」

 その一言だけで、不思議なくらい呼吸が深くなる。

「SNS施策も、映えだけだと一回で終わる可能性がありますよね。
 でも、また行きたい理由まで残せると、投稿そのものが施設の記憶になるというか……」
「……なるほどな」

 安藤さんが感心したように息を吐く。

「営業っぽくなったじゃん」
「……ありがとうございます」

 そう答えながら、自然と穂積先輩を見る。
 先輩は資料に視線を戻したまま、小さく頷いた。

「その発想は使える」
「本当ですか?」
「ああ、いまのは悪くなかった」

 ちゃんと、戦力として見られ始めている。嬉しいのにくすぐったいような気持ちで、胸の内側が熱くなる。

「……穂積先輩の後輩ですから」
「なんだそれ」

 先輩が目を細めて、少しだけ笑った。

 ◇

 夜十時を過ぎた頃、安藤さんが大きく伸びをした。蝦名さんや他のメンバーは、既に退社している。

「やば。俺もう限界。コンビニ行ってくるけど、二人は?」
「ブラック」
「鮎川さんは?」
「えっと……じゃあ緑茶をお願いします」
「了解」

 安藤さんが出ていき、会議室に一拍の静けさが落ちる。ほんの少しの息遣いさえ聞こえそうな空間で、二人きりだと意識した途端、緊張が走った。だけど、そんなことを気にしているのはわたしだけみたいだ。
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