営業部の穂積先輩は今日も不機嫌で困る
 向かい側の穂積先輩は、ノートPCを見つめるというより、睨むような気迫で向き合っている。
 シャツの袖を肘まで捲った腕。少し乱れた前髪。
 長時間作業の疲労があるはずなのに、隙を見せる気配がない。

「……どうした」

 視線に気づいたのか、先輩が顔を上げた。

「あ、いえっ」

 慌てて資料に目を落とす。けれど、その仕草のわざとらしさに恥ずかしくなり、もう一度顔を上げて質問をする。

「その……穂積先輩って、疲れないんですか?」
「疲れるに決まってるだろ」
「でも、全然そう見えないので」

 先輩は少しだけ考える顔をして、椅子にもたれた。

「慣れだな。営業は、体力勝負なところもあるから」
「なるほど」
「……鮎川は、最近無理しすぎ」
「え?」
「顔色悪い日が増えてる」

 不意打ちみたいな指摘に、言葉が止まる。

「ちゃんと寝てるか?」
「ね、寝てます!」
「嘘つけ。昨日も、深夜二時に資料送ってきただろ」
「……あ。お気づきでしたか」

 先輩が、少し呆れたような顔をしながら、頭上で手を組んだ。

「別に頑張るなとは言わない。でも、無理をしすぎれば反動もでかい。だから、許容量を超えると思ったら先に相談してくれ」

 その言い方は、叱るというより心配に近かった。だけど、だったらわたしにだって言いたいことがある。

「……先輩こそ」
「ん?」
「穂積先輩の方が、寝てないじゃないですか。この前だって、茨城から戻って、そのまま資料作ってましたよね」
「なんで知ってるんだ」
「そんなの、ずっと見てたらわかりますよ」

 そう伝えると、先輩が姿勢を正して「はあ……」と重いため息をついた。

「……鮎川」

 低い声で名前を呼ばれ、どきりとする。

「はい」
「それ、他の男にはやるなよ」
「……はい?」
「無防備すぎる」

 言われた意味を理解した瞬間、一気に頬に熱が集まる。思わず右手で口元を隠し、少しだけ俯いた。
 どう答えていいか迷っていると、先輩がぼそっとした声で続けた。

「……まあ、でも……今回の案、結構期待してる」
「……はい。がんばります……」

 そう返事をしながら、さっきのよくわからない言葉以上に、感情を揺さぶられる。
 いつもの褒めよりも、ずっと強い、対等な関係を表すような言葉。
 ただの後輩じゃなくて、同じ案件を戦う相手として見てもらえた気がして、隠していても緩む唇を抑えられない。

 なのに、その空気を壊すみたいに、不意に机の上の穂積先輩のスマホが震える。画面に表示された名前が目に飛び込んできた。

 音羽静香。

 それを見た瞬間、先輩の表情が曇った。
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