営業部の穂積先輩は今日も不機嫌で困る
 ◇

 コンペ提出まで、残り一週間。
 東都リテールホールディングス本社の大会議室には、各社の担当者たちが集められていた。
 今行われているのは、追加要件に関する説明会。
 急遽設定された場だったが、会場の空気は想像以上に張り詰めている。

 大型モニターには、今回の周年プロモーション概要が映し出されていた。

「……すごい人数ですね」

 小声で呟くと、隣を歩いていた安藤さんが苦笑した。

「それだけでかい案件ってことだよ」

 今日は穂積先輩ではなく、安藤さんと二人で来ている。
 当初は先輩も参加予定だったが、午前中に別件の大型商談が入り、急遽わたしが同行することになった。

『鮎川も行って来い。追加要件に現場視点が必要となる可能性がある』

 そう言われたときは緊張で胃が痛くなったけれど、与えられた機会を無駄にはしたくない。

 会議室へ入り席につくと、前方には既に他社の担当者たちの姿が見える。
 富士デザイン。そして、応和企画の人たち。その表情からも自信が十分に感じられた。

 だけど、わたしが気になるのは一人だけだ。中央に、音羽さんが姿勢よく座っている。
 その姿を視界に入れただけで、なぜか緊張で身体が硬くなった。

「では、本題に入ります」

 東都リテール側の担当者が、資料を切り替える。

「今回、施設側から追加で重視したい要素があります」

 モニターに映し出された文字を見て、思わず姿勢を正した。

『リピート来館率向上』

「単発集客ではなく、既存客の『また来たい』をどう作るか。
 そこを、今回の評価軸としてより重視したいと考えています」

 会議室の空気が、わずかに変わる。

「特にファミリー層と二十代女性の継続来館率。この二つが近年落ちているので、皆さんにはその辺りを十分に考慮した施策をお願いしたい」

 続けて表示されたグラフに、思わず目を止める。

「SNS施策による瞬間的集客は成功しています。ただ、イベント終了後の再来館に繋がりづらい。
 施設全体の習慣化をどう設計するか、ご提案をお願いします」

「習慣化……」

 その単語が、頭の中で引っ掛かった。
 隣を見ると、安藤さんも真剣な顔で資料を見つめている。

「……鮎川」

 小さな声で呼ばれ、顔を向ける。

「これ、たぶんお前の案と相性いい」
「……ですね」

 ペンを持っていた手に力を入れて、手帳に気になった点を書き記しながら、どこか高揚している自分を止められなかった。
 ……早く穂積先輩に伝えたい。そんなことを考えながら話を聞いているうちに、説明会は一時間ほどで終了した。
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