営業部の穂積先輩は今日も不機嫌で困る
 ◇

 いよいよ決戦の時が来た。
 東都ホールディングス本社の大会議室には、朝から緊張感が漂っている。わたしは朝食も喉を通らず、一緒に同行している面々もいつもより表情が硬い。……穂積先輩を除いては。

 それに比べると、応和企画の人たちは立ち姿にもどこか余裕がある。
 その表情が示す通り、彼らの提案は圧倒的だった。
 
 大型モニターを使った映像演出に華やかな空間設計。
 SNS拡散を前提にしたインパクト重視の構成。プレゼンというより、一本の動画を見せられている感覚に近い。
 東都側からは感嘆の声がいくつか漏れ、誰もがモニターへ視線を奪われていた。

 その中心に立つ音羽さんは、今日も完璧だった。
 人の視線をどう惹きつけるべきかを知り尽くしているのだろう。表情も、声の抑揚も、質疑応答の切り返しも、一切隙がない。
 そしてその姿はどこか、穂積先輩を想起させるものだった。
 
『わたしなら彼に与えてあげられると思うの。
 他の会社ではできない大きな仕事も、人が羨む地位も、もちろん名誉も』

 その言葉は誇張でもなんでもない。きっと、その通りなのだ。
 心が沈みそうになったそのとき、軽く肩を叩かれた。はっと顔を上げると、いつも通りの穂積先輩がそこにいる。

「鮎川。次、行くぞ」
「……はい!」

 穂積先輩の声は、驚くほど落ち着いていた。その声だけで、張り詰めていた空気が少し和らぐ。
 プロジェクターに、自分たちの資料が映し出された。応和企画のような派手さはない。一つのコンペにあの規模の予算は、うちの会社ではどう頑張っても出せないだろう。
 けれど、その代わりに積み上げてきたものがある。

「今回弊社が提案したいのは、継続来館を作る方法です」

 その声に、クライアントがはっとしたように聞く姿勢を正した。

「イベントは、その場が盛り上がれば終わりではありません。
 重要なのは、その施設へもう一度足を運びたくなる理由を作れるかどうかです」

 資料が切り替わり、来館者導線や滞在時間、回遊率のシミュレーション結果と問題点を丁寧に伝える。

 穂積先輩が、わたしを見て一つ頷いた。出番の合図だ。
 小さく息を吸い、聞き取りやすいペースを意識して声を出した。
 ……企画部にいた頃、何度も繰り返したプレゼン練習が、今ここで初めて役に立っている。そう思うと、少しだけ胸が熱くなった。

「今回、わたしたちは、参加した記憶が残る導線を重視しました」

 自分でも驚くほど、滑らかに話せていた。

「人は、ただ見ただけの場所よりも、自分が関わった場所をより強く覚えます。ですから、今回の企画では、眺めるだけのイベントではなく、参加した記憶を持ち帰るイベントを設計しました」

 会議室は、不思議なほど静まりかえっていた。クライアントには、応和企画に見せたような興奮は感じられない。
 でも、その沈黙は悪くない。
 ただじっと黙って、こちらの言葉に聞き入ってくれている、そういう表情に見えた。

 穂積先輩が、隣で小さく頷いた気配がした。
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