営業部の穂積先輩は今日も不機嫌で困る
 結果発表は、一時間後だった。
 それぞれが仕事の電話をしたり、ノートパソコンを開いたり、待機室で自由に過ごしている。
 けれど、わたしは何もすることができず、ただじっと手を組んで固まっていた。

 ……怖い。
 このコンペに負けたら、穂積先輩がうちの会社に見切りをつけたりしないだろうか。
 そんな人じゃないとわかっているのに、不安だけが消えない。
 仕事のためなら優先順位を間違える人じゃないという音羽さんの言葉が、何度も頭を過る。
 もし穂積先輩が会社を去るとしたら、それはもっと大きな仕事を選んだときなのかもしれない。

「鮎川」
「は、はいっ」

 考え込んでいたところに急に声を掛けられて、いきなり現実に引き戻された。穂積先輩はわたしの座っている椅子の前に立ち、顔を覗き込むように言った。

「顔色が悪い」
「だ、大丈夫です」
「そうは見えないけど」

 それだけ言うと、カフェオレを差し出してきた。

「缶だけど悪いな」
「いえっ。ありがとうございます。いただきます」

 そう言って受け取りながら、もったいなくて飲めないかもしれないと思ってしまう。
 けれど、渡されたものを飲まないのも感じが悪いだろうか?
 
 そんなことを悩んでいると、いきなり待機室の扉が開いた。
 緊張で、心臓が喉までせり上がってくる。
 再び会議室へ案内されると、東都ホールディングスの第一部長が、静かに口を開いた。

「今回、どの企業様のご提案も非常に完成度が高く、選定は難航いたしました」

 誰もが固唾を呑み、その先を待った。

「……その上で、弊社が最終的に重視したのは、継続して施設へ足を運びたくなる理由まで設計されていた点です」

 はっとして、思わず穂積先輩の顔を見た。けれど、先輩は一切表情を揺らさないまま、ただじっと前を見ていた。

「単発のイベントではなく、施設そのものの価値向上を見据えていたこと。
 現場理解が非常に深かったことを評価し──今回は、エッジコア様へお願いすることに決定しました」

 その言葉が、自分たちが何度も議論してきた資料の中心を、まっすぐに射抜いた気がした。
 穂積先輩は立ち上がり、丁寧な所作で頭を下げていた。それに続くように、わたしを含め同行メンバーが立ち上がり、口々にお礼を伝える。

「ありがとうございます」

 なぜかそう言葉にした瞬間、目頭が急に熱くなって、無意識に涙がこぼれ落ちていた。
 慌ててハンカチを取り出し、目元を押さえる。誰にもバレていないといいのにと思ったのに、周囲を見回すと穂積先輩と目が合った。
 先輩は気が抜けたようにふっと笑う。

「泣くのが早い」
「コン……じゃなくて、あの……睫毛が目に入って……」

 そう返した瞬間、先輩が小さな声で「ばーか」と言った。
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