営業部の穂積先輩は今日も不機嫌で困る
◇
「おめでとう」
そう声を掛けながら近づいてきた音羽さんは、わたしではなく、穂積先輩だけを見ていた。
「……病院から電話があったの。父が一般病棟に移ったそうよ」
「そうか。よかった」
「ええ。拓真に会いたがってるから、今すぐ一緒に来てくれる?」
「わかった」
聞いてはいけない話のような気がして、そっと目を伏せていると、「鮎川」と穂積先輩がわたしを呼んだ。
「……はい」
「お前も来い」
「はい?」
意味がわからず音羽さんを見ると、彼女はわずかに眉を寄せて「ちょっと拓真……」と言いかけた。
けれど、その声を穂積先輩が遮る。
「こいつを連れて行けないなら、今日は行かない」
「……わかったわ」
穂積先輩はすぐに、近くにいた安藤さんに呼びかけた。
「安藤」
「はい、なんでしょうか」
「俺と鮎川は、私用でこのまま午後は半休取るから、後を任せていいか?」
「えっと……」
安藤さんは、なぜわたしまで一緒に? という疑問を飲み込んだ顔で「了解です」と答えた。
エレベーターで地下駐車場に降り、音羽さんの車まで案内された。黒いドイツ製SUVは、停まっているだけで威圧感があった。
穂積先輩はわたしを促すように、後部座席のドアを開けた。すると、音羽さんが咎めるように声を上げる。
「拓真は助手席に乗って欲しいんだけど」
「いや、俺はこいつと後ろに乗るからいい」
「……どんなVIPよ」
呆れた顔の音羽さんを意に介さず、わたしの隣に乗り込む。
車の中では、誰も何も喋らなかった。せめて先輩に、なぜわたしがここに必要なのかを聞きたいのに、何かを尋ねられる空気ではない。
窓の外へ視線を向けて気を紛らわすけれど、意識はずっと隣に座る先輩から離すことができなかった。
それから三十分もかからずに着いた先は、都心の大学病院だった。
迷いのない足取りでロビーを通り過ぎていく音羽さんの後ろを、先輩と並んで歩く。
「五階の特別室よ」
さっきの会話の断片から、ここには音羽さんの父親──つまり応和企画の社長がいるのだと思う。
そう考えると身が竦み、本当にそんな場所に行って良いのか、躊躇ってしまう。その空気を読んだのか、エレベーターに入ると、音羽さんがわたしと先輩を交互に見つめた。
「……できたら、鮎川さんにはこの先は遠慮して欲しいんだけど」
「あ、はい……」
「いや、駄目だ」
素直に頷くわたしを、先輩が止めた。
「おめでとう」
そう声を掛けながら近づいてきた音羽さんは、わたしではなく、穂積先輩だけを見ていた。
「……病院から電話があったの。父が一般病棟に移ったそうよ」
「そうか。よかった」
「ええ。拓真に会いたがってるから、今すぐ一緒に来てくれる?」
「わかった」
聞いてはいけない話のような気がして、そっと目を伏せていると、「鮎川」と穂積先輩がわたしを呼んだ。
「……はい」
「お前も来い」
「はい?」
意味がわからず音羽さんを見ると、彼女はわずかに眉を寄せて「ちょっと拓真……」と言いかけた。
けれど、その声を穂積先輩が遮る。
「こいつを連れて行けないなら、今日は行かない」
「……わかったわ」
穂積先輩はすぐに、近くにいた安藤さんに呼びかけた。
「安藤」
「はい、なんでしょうか」
「俺と鮎川は、私用でこのまま午後は半休取るから、後を任せていいか?」
「えっと……」
安藤さんは、なぜわたしまで一緒に? という疑問を飲み込んだ顔で「了解です」と答えた。
エレベーターで地下駐車場に降り、音羽さんの車まで案内された。黒いドイツ製SUVは、停まっているだけで威圧感があった。
穂積先輩はわたしを促すように、後部座席のドアを開けた。すると、音羽さんが咎めるように声を上げる。
「拓真は助手席に乗って欲しいんだけど」
「いや、俺はこいつと後ろに乗るからいい」
「……どんなVIPよ」
呆れた顔の音羽さんを意に介さず、わたしの隣に乗り込む。
車の中では、誰も何も喋らなかった。せめて先輩に、なぜわたしがここに必要なのかを聞きたいのに、何かを尋ねられる空気ではない。
窓の外へ視線を向けて気を紛らわすけれど、意識はずっと隣に座る先輩から離すことができなかった。
それから三十分もかからずに着いた先は、都心の大学病院だった。
迷いのない足取りでロビーを通り過ぎていく音羽さんの後ろを、先輩と並んで歩く。
「五階の特別室よ」
さっきの会話の断片から、ここには音羽さんの父親──つまり応和企画の社長がいるのだと思う。
そう考えると身が竦み、本当にそんな場所に行って良いのか、躊躇ってしまう。その空気を読んだのか、エレベーターに入ると、音羽さんがわたしと先輩を交互に見つめた。
「……できたら、鮎川さんにはこの先は遠慮して欲しいんだけど」
「あ、はい……」
「いや、駄目だ」
素直に頷くわたしを、先輩が止めた。