営業部の穂積先輩は今日も不機嫌で困る
「だって、彼女は部外者でしょ? 本人だって困ってるじゃない」
「俺だって本来は部外者だ。お前と連絡を取るのも、音羽社長の容態を知りたいからそうしただけで。……そうじゃなければ、もう関わってない」

 先輩の強い一言に、音羽さんはため息をつくだけだった。対するわたしは、居たたまれずに下を向いてしまう。
 だけど、そんなわたしに先輩が思ってもみない言葉を投げかけた。

「悪いが付き合ってくれ」
「……え?」

 付き合って、という言葉に身体が硬直した。

「お前に、俺の恩人を紹介したい」
「あ……はい……」

 勘違いしかけた自分が恥ずかしくて、顔が赤くなる。
 先輩の真剣な表情に、なぜわたしを? という言葉は、問いかけることができなかった。

 エレベーターが目的階へ着き、自分の気配を小さくしながら二人の背中を追った。

 ナースステーションで受付を済ませ、突き当たりの部屋へ向かう。
 促されるように先輩に続いて室内に入ると、そこは都内の病院とは思えないほど広い個室だった。

 音羽さんが「お父さん、開けるわよ」と声を掛け、クリーム色のカーテンを引いた。
 広いベッドに、年老いた男性が一人、横たわっている。首や頬が痩せこけていて、身体の線が細い。
 もしかしたらかなり大きな病気を抱えているのだろうか。今更ながら、自分の場違いさに不安になる。

 穂積先輩が一歩前に出て、丁寧に頭を下げた。

「ご無沙汰しております、社長」
「……拓真か……」

 少ししわがれたその声には、懐かしい者を呼ぶような響きがあった。穂積先輩は更に前へと進み、ベッド際へと身体を寄せる。

「……お身体はいかがですか?」
「元気とは言えんが、見た目ほど悪くもないさ。
 ……お前は仕事中じゃないのか?」
「いえ。今日はもう終わりました。
 東都ホールディングスのコンペは、弊社がいただきましたので」

 その言葉に、音羽社長がふっと表情を緩ませた。

「そうか……営業部長は厳罰ものだな」

 弱々しく笑いながら、その人はリクライニングを操作して身体を起こす。
 そして、わたしに視線を向けた。

「で……そちらのお嬢さんは?」

 わたしは姿勢を正し、緊張しながら頭を下げた。

「エッジコアの鮎川と申します。穂積先輩の後輩で……あの、図々しくお邪魔して申し訳ありません」

 音羽社長はわたしを上から下までゆっくりと眺めて、穂積先輩に視線を移した。

「お前がここに連れてくると言うことは……そういうことだな?」
「はい。社長には、一度会ってほしかったので」

 何の話なのかわからないまま、心臓が早鐘を打つ。手に汗を握っているわたしの横で、音羽さんが、小さく息を吐いた。
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