営業部の穂積先輩は今日も不機嫌で困る
「鮎川さん」
「は、はいっ」

 音羽社長に急に名を呼ばれ、反射で背筋が勝手に伸びた。

「拓真は不器用ですが、悪い男じゃない。
 むしろ、自慢の息子です」

 少し目を細めてそう話す顔は、とても慈愛に満ちたものだった。

「本当はこいつにうちの会社を継がせたかったが、どうも駄目らしい」

 そこで、音羽社長は少し笑う。

「だから、拓真のことはあなたにお願いしてもいいですか?」

「は……はい……! あの……わたしこそ、穂積先輩の下で働けるのがすごく幸せで……」

 そう言いかけて、幸せなんて言葉を使うのはまずいかと、慌てて言い直す。

「あ、いえ! 楽しくて……! ですね……。わたしこそ、これからも先輩にはお世話になると思います」

 少しつかえながらそう言うと、なぜか音羽社長が真顔で穂積先輩を見た。

「拓真。お前、彼女にまだちゃんと伝えてないのか?」
「ええ、まあ。ですがクロージングは得意なので、問題ありません」
「まあ……それもそうだな」

 音羽社長は呆れたように笑った。穂積先輩は嬉しそうにふっと笑って、それから姿勢を正した。

「社長。また顔を出しますから、どうかご無理をせずに、ゆっくり休んでください」
「ああ。また来てくれ」
「本日はありがとうございました」

 どういう顔をするのが正解なのか、よくわからないまま頭を下げると、音羽社長はやさしい顔で微笑んだ。
 血は繋がっていないのだろうけど、それは、ふとした瞬間の穂積先輩に少しだけ似ていた。

 病室を出ると、すぐそばのソファに音羽さんが腰掛けていた。私たちに気がつくと、彼女はすっと立ち上がってこちらに歩み寄る。

「……拓真は、本当にそれでいいの?」
「それって?」
「エッジコアは悪い会社じゃないと思うわ。成長予測も右肩上がりだし、業界での地位も伸びてる。……だけど、うちにはどうあっても勝てないわよ。今回みたいな結果がずっと続くと思わないで」
「だから?」
「……昔のあなたなら、もっと大きな仕事を求めてた。そうでしょう?」
「今も求めてるけどな」
「そうは見えないけど」
「それが答えなんだよ、静香。お前と俺は、見ている世界が違う。……たぶん、もうずっと前から」

 その言葉に、彼女の瞳が僅かに揺れた。

「……じゃあ、俺たちはタクシーで帰るから。……またな」

 音羽さんは少し視線を落としながら「ええ、また」と小さな声で答えた。
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