営業部の穂積先輩は今日も不機嫌で困る
 病院を出ると、夜の空気は思ったより冷えていた。
 エントランス前の街路樹が、秋の風に揺れている。面会時間も過ぎた大学病院の周囲は静かで、行き交う人影もまばらだった。

 穂積先輩はまっすぐタクシー乗り場には向かわずに、「少しいいか?」とベンチのある中庭らしき場所を指さした。

「はい……」
 
 さっきの病室での会話が、まだ頭の中をぐるぐる回っている。

『拓真。お前、彼女にまだちゃんと伝えてないのか?』
『ええ、まあ。ですがクロージングは得意なので、問題ありません』

 思い出しただけで、心臓がおかしくなりそうだった。

 さすがに何を言われたのか、意味はわかる。
 だけど、理解していいのかがわからない。

 沈黙に耐えきれなくなって、わたしは小さく口を開いた。

「……あの」
「ん?」
「わたし、何か勘違いしてますか?」

 穂積先輩が、わずかに視線を向ける。その顔が先輩の平常時の不機嫌顔に見えて、急に怖くなった。
 ……もしかしたら、すべて都合の良い独りよがりの解釈だったのかもしれない。
 そんなふうに思えて、背中にじとっと嫌な汗をかいた。

「あの、……病室での会話とか、紹介とか……」

 自分でも何を言っているのかわからないまま、言葉だけが口から溢れる。

「わたし、後輩として連れて行かれただけですよね?」

 穂積先輩は、すぐには答えなかった。
 沈黙に耐えるわたしに、夜風が髪を揺らして、首筋を柔らかく撫でる。

 ……やっぱり変なことを言ったのかもしれない。
 そう思って俯きかけたとき、先輩がほんの一歩だけ、わたしと距離を詰めた。
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