冤罪で聖印を奪われた令嬢、辺境で本物の大聖女になる ~傲慢令嬢ヒストリアの救済証明~
――――それからほどなくして、ヒストリア達はオリハルト公爵の手筈で荷馬車に乗り邸を出ることとなった。

目立たないよう用意された紋章のない荷馬車は、辺境に送られた時のことを彷彿とさせる。
聞けばオリハルト公爵の妹が生前この屋敷を訪れる際に使用していたものだという。

何年も使っていなかったため、埃とカビですえた臭いがしたが、極秘で移動するには年季の入った木材や細かな埃や砂粒などの粒子でざらつく幌など見かけは丁度良かった。

公爵家の護衛の兵が馬車の御者に扮し、公爵はその前を商人の装いで馬に乗って移動する。

荷台には二人。ワインの樽などの積荷の隙間にベルナルドと向かい合って揺られていれば、ふと問いかけられた。


「君は本当に、あのヒストリア・フランドールか……?」


「どういう意味でしょうか?」

「……随分と変わったように思える」

暗がりの中で見たベルナルドの表情は凛とした気品が漂う中にも、どこか疲れが滲みでていた。

ヒストリアも似たようなものだ。辺境で襲撃を受けてから気を休めることが出来ていない。
二人で向き合って声を掛けられるのは久しぶりだ。

最後の茶会で涙を流したヒストリアに背を向けたベルナルドと、今こうして正面から向き合って座り、長い時間を共にするなど誰が想像しただろう。

「……もし変わったように見えるのでしたら、きっとディート地区で得た学びで、少しだけ周りを見れるようになったからでしょうか」

気付けば皮肉交じりにつらつらと述べていた。

「これまで私は自分の足元しか見ておりませんでした。そんな私をルーメンは見放さず、気付きを与え、見守ってくれました。彼をはじめ、辺境では貴重な出会いをしたと思います」

言いながらヒストリアは思った。
ベルナルドの善意すら、ルーメンは気付かせてくれたのだと。

「……そうか……私は君を急かすばかりだったな。自分ではどうにも出来ない君の聖力に焦り、窘めるだけで向き合おうとしなかった。自分では正論を告げたつもりだったが……」

ベルナルドは物憂げに眉間に皺を深めては、視線を逸らし告げた。

確かにイクシスを敬う姿は当てつけのように感じ、いつもヒストリアとの茶会を切り上げ公務に戻ってしまう冷たさに何度も心は挫けた。

だがヒストリアの言葉はベルナルドを責めたくて告げたものではない。
そして焦りという言葉からも、苦悩していたことが伝わり、寧ろ小さな後悔すら感じていた。

なにせ幼少期から婚約していたのだ。ベルナルドだって十分待ってくれていたのだから、過去の視野の狭さに唇を歪ませた。

ヒストリアは自分にもどかしさを感じながらも、振り返ることを一旦止めベルナルド真っすぐ見据え訊ねる。

「――殿下は、私が王妃様に毒を盛った犯人でないと信じてくださったのですよね」

「……あぁ」
「なぜですか?施しまで与えてくださったのは」

ずっと気になっていたことだ。

ベルナルドの進言がなければ断罪されたあの場でヒストリアはとっくに死んでいたかもしれない。
聖女と結婚しなければならないという約束を守るためだったのか。

何についても思い込むだけで今まで閉ざしていた心を開き、ヒストリアが訊ねれば、向かい合う顔は少しだけど眦が和らげられていた。

「……罪のない者に、死んで欲しくなかったからだ」

その答えは純粋な善意だった。

「怒らないで聞いてくれたら助かるが、……よくも悪くも、君は浅はかだった。だから主犯と訊かされて真っ先に違和感を覚えた」

王宮で発覚した毒殺未遂を、ベルナルドは国王や神殿らの見解とは違った見方をしていたらしい。

「調べればまるで紐解かれることを望んでいるかのように、次々に証拠が揃っていったからな。一見、雑な犯行が明るみになったと捉えることも出来たが……私には計算されたように緻密に映ったんだ」

稚拙で浅はかな姿を知っていたからこそ、ヒストリアの歪さに何か足りないものを感じたらしい。

「それに君は、とてもお恐れたことをしでかすような人間じゃないだろう」

気付けばヒストリアは思わず肩を揺らし笑っていた。

「……なにかおかしいか?」

「えぇ。貶められているのに、庇われているものですから……つい」

「すまない……」

「謝らないでください。はっきりおっしゃられて複雑な気持ちになりましたけど、殿下も私をよく知って下さっていたのですね」

吐息を零すと、ヒストリアは静かにほほ笑んだ。感謝と敬意を込めて。

しかし何故かベルナルドは顔を歪ませ、溜息を零す。

「そうだろうか。結局は君の悪いところしか見ていなかった。私の目は曇っていたな……」

それから間を置いて、幌に空いた小さな穴から漏れる外の光へ視線を移すと唐突に問われる。

「……ルーメンが心配じゃないか?」

ヒストリアは双眸を瞬いたあと、オリハルト公爵の邸で別れ際の言葉を思い出しながら至極明るく告げた。

「大丈夫です。彼の言葉は信じられますし、無謀や犠牲を嫌う人ですから」

ルーメンはいつだってヒストリアを導いてくれた。その背中で道の存在を示してくれる。

自分で前に進むことを選んだのだから、今は最良の結果を求めて行動し続けるだけだ。

ヒストリアは感傷に浸る時間を惜しみ、ベルナルドに尋ねた。

「――それよりも殿下。この国の継承者に継がれる王家の約束について、今一度教えてくださいませ。そもそも、なぜそのような約束をすることになったのでしょうか?原因があるのではありませんか」
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