冤罪で聖印を奪われた令嬢、辺境で本物の大聖女になる ~傲慢令嬢ヒストリアの救済証明~
食事だけはルーメンが作ってくれている。手伝うと申し出たが「まだ早い。いっぺんに全て覚えようとしなくていい」と言われたのだ。
ヒストリアは食事中、気になっていたことを口にした。
「ねぇ、料理している時に使ってるあの角砂糖みたいなもの、あれは流通しているものなの?」
ルーメンはスプーンを置くとローブの中から小瓶を取り出した。
近くで見ると切り出された石のように滑らかで、砂糖よりも温かな乳白色をしている。
「いや、これは魔法でミルクを固体にしてから圧縮したものだ」
「圧縮……?ミルクを?」
「認識としては塩と同じようなものだと思えばいい。塩を作るときは海水から水分を抜く。その方法は煮たり天日干しにしたりだが、要するにその原理でミルクから余分な水分を飛ばして作るんだ。初めは粉状のものを使っていたが俺が調理にするぶんには不向きで、最終的にこの形になった」
滑らかに説明された言葉を脳内に描いたあと、ルーメンが「目分量というのが苦手なんだ」と告げるので、確かにそういう気質がありそうだとヒストリアは頷いた。

「料理は誰から教わったの?」
「……師匠だ。だがあの人は目分量で測って失敗するからな、美味い時と失敗した時の落差が激しかった。だからこうやって一人分として固形状にしてしまった方が、水量さえ間違えなければ同じ味が作れるから便利なんだ」
ルーメンの声音には喜色が滲んでいた。
「じゃあ水は……?汲みに行った様子がないけれど何かしているの?」
ふと視線を水瓶に移す。それはルーメンが訪れるたびにいつも水嵩が増しているのだ。
「あぁ、魔法だ。収縮して保存した水を元の量に戻している。君は魔法使いが万能だと思っているようだが、使える魔法には個性がある。俺の魔法は拡張と収縮に関与する力だ」
「どういうこと?もっと分かりやすく言ってちょうだい」
「たとえば火の気のないところから炎を生み出すことなどは出来ない。水もそうだ。逆に一粒でも素材があれば増やしたり加工することができる。君の服のようにな」
なるほど、とヒストリアは独り言ちた。
ワンピースを贈られた時、小さな葉に向けてルーメンが何かささやいていたのはそういうことだったのだ。
「たとえば天候を操作する魔法を扱う者もいれば、動物に姿を変える力を持つ者もいるという。魔法には個性がある。当然制約もある」

「だから万能じゃないってことね……そういうの、普通の人は知ってるの?」
「魔法に個性があることはな。扉を開いた災禍の魔法使いは、繋ぐ力を持っていたという」
「繋ぐ……それって、異界と繋がっているというのは本当なの?瘴気はそこから出てるって……」

聖書の一説にあった文章を思い出す。
口にすれば背信者と指をさされるため一度も口にしたことはなかったが、これまでヒストリアはどこか作り話のように感じて疑っていた。
「昔の話だからな、どこまで正確か怪しいがきっとそうだろう。そして繋ぐ力を持った魔法使いはこの世にもう居ない。そして閉じる力を持った魔法使いの存在も聞いたことがない、だから瘴気は蔓延り続ける」
確かに魔法使いが万能ならば、瘴気を生み出す扉も彼らによって閉じさせればよかったのだ。それが出来ないから瘴気は存在するのだ。しかし対抗する聖女はいる。
そしてルーメンは言っていた。

『瘴気の研究をしているが聖女に試してみたいことがある』と。

「ねぇ、私は最終的に自分で生活できるようになって、生きるために働いてお金を得ないといけないのよね」
「そうだな」
「だったら私、あんたのところで働くのは駄目かしら?」
ヒストリアは思いついたことを口にした。
「正直言って平民に頭を下げて仕事をもらうのはまっぴらごめんよ。でも、……ルーメンなら、……」良いという話ではないが、この先の事を考えればマシな選択だと考えたのだ。
何より信用できる唯一の存在なのだから。
「研究に協力するということか?」
「そうね……痛いのは嫌だけど、あなたが要求することには応えようと思うわ。私には価値があるんでしょう?」
以前ルーメンに要求した対価とは違う。今度はヒストリア自身が生きるため。
そのための提案だった。
「この前は復讐に加担しろと言ったが、かなり小さな対価になったな……まぁ、いい。君が協力してくれるというなら俺の研究も捗るだろう」

ヒストリアの前に手が差し出された。
ルーメンの、ごつごつとした大きな手だ。そっと握り返しヒストリアは眉根を下げた。

厄介な相手に出会ってしまった。絶望していたヒストリアに、ルーメンは希望を持ってやってきたのだ。与えられた水と、ヒストリアに価値があるという言葉は紛れもなく希望だった。

あの瞬間、死にたいと打ちひしがれていた絶望はあっけなく砕かれていたのかもしれない。
「助手になるなら他にもいろいろ覚えてもらいたい事がある」

ヒストリアは短く微笑んだ。
今度は掴む手を間違えないようにしたい。
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