冤罪で聖印を奪われた令嬢、辺境で本物の大聖女になる ~傲慢令嬢ヒストリアの救済証明~
ーーー結界を張るのは最終手段にする。
「いいか。目的地は確認した通りだ。瘴石ってのを採掘してこの聖女さまが浄化石を作る間、守るのが俺らの役目。なにもでかい石を掘って浄化するわけじゃねぇ、一欠片ならいけるだろ」
結界の境界を前にして、ベリルは改めて仲間に確認した。
この日までに瘴石の特徴をルーメンが説明し、目的地までの最短ルートも既に手書きの地図で確認しあっていたが、念のため再度の共有である。
ヒストリアもルーメンから見せてもらっていたその地図はスレイが描いたものだという。魔獣のスケッチのためにルキリュ領近隣を探索した時に自ら作ったというのだから驚かされたのを覚えている。まさかこんな二重人格のような人物だとは思いもよらなかったが。
おかげで下位の魔獣の生息地帯を避けた最短ルートを導き出すことが出来たのだから、たしかにベリルの言う通り役に立つ人物のようではある。

「念押しだが、気付かれるなよ。特にスレイ」
ベリルは眇めた視線をスレイに向ける。
突然名指しにされたスレイは浅い笑みを返した。
「分かってるか?魔獣に興奮するなよ。万が一にもその荷物に紛れてるもんを出しやがったらテメェの手と脚を撃って置いていく。肝に銘じとけ」
低く、凄みのある声音は人の食えない雰囲気を霧散させており、スレイの肩がびくりと跳ねた。
「わ、分かってるって!手がなくなったら絵が描けなくなるしね」
ヒストリアに対する発言といい、ベリルの念押しと言い、まさかあの荷物には絵を描くための道具が入っているのだろうか。
「それよりさぁ、ルーメンに聞いていいかな?」
逃げるようにスレイはルーメンに顔を向ける。
「あぁ、どうぞ」
「採掘の時ってどうしても結界張っちゃ駄目?結界に持ち込むとクズ石になるのに、浄化石を、触媒?にして張った結界なら瘴石がクズ石にならないってのが、いまいちよく分からなくて〜……」

明らかに話を逸らすような問いだったが、ルーメンは「説明しよう」と静かに言ったあと咳払いすると、そのあと深く息を吸ったかと思えば流れるような説明が始まった。

「前提として瘴石に含まれる性質が関係している。聖女の浄化の力は魔獣や魔物を浄化し元の姿に戻すわけだが、瘴石についても浄化される現象は同様に起きる。そして瘴石の元の姿はただの石。つまり結界に入れるとクズ石になるのは単純な原理なわけだが、瘴気の浄化を純度の高い聖力で高出力、まぁ……圧をかけるわけだが一気に浄化すると性質が変わり浄化石に変異する。元々瘴石だった浄化石は放出する聖力に抗体が含まれており、――」

スレイは興味を示し目を輝かせながら食い入るように聞いているが、まだ話すつもりなのだろうか。
一方的な解説を始める姿はヒストリアの目には珍しく映った。
「ルーメン。この話はまだ続くのか?」
遮るようにベリルが問う。
するとルーメンが冷めた目でスレイを見遣り頷いた。

「そこの彼が魔獣や聖女以外にも興味を持ったようだからな。瘴石は興味深い。彼の信仰にも通ずるところがあるだろう。絵を描くならぜひ浄化石に変化する様でも描いて欲しいものだ。ラキュウス辺境伯も喜ぶだろうからな」
淡々と応えるルーメンになるほどとベリルは独り言ちる。
「スレイ。てめぇの”作品”とやらにセシルは描くな」
その発言をヒストリアはいまいち理解が出来なかったが、ルーメンははっきりと口角を上げた。
「俺に言わせたかったのか……」
ベリルが聞き取れぬほどの声音で呟く一方で、スレイは激しく頷いていた。
「そうか、瘴石、たしかにいいね!ありだね。俺は史上初の浄化石の絵を描く者になれるのか、浄化石はいわば神の石…すばらしいね!しかも領主様に献上かぁ……」
ヒストリアはスレイの嗜好を擽るルーメンの発言に長い息を吐き出すと、話を戻すように言った。

「えっと、つまり浄化石を使えば同類と感知するから本来ならクズ石になる瘴石も浄化対象外になるって話よね。聖女の力では瘴石は浄化対象、そういうことでしょう」
「あぁ。そうだ」ルーメンが頷き、ヒストリアは胸に抱えていた疑問をぶつける。
「ねぇ。やっぱり採掘より先に、結界を展開しながらあの場所にいる高位の魔物を討伐した方がいいんじゃないかしら?」
瘴石が生み出されやすいのは瘴気溜まり、目的地はヒストリアのよく知っている場所なのだ。

あそこには何か居る。もしスレイとルーメンの読み通り、目的地まで魔物に出会さず辿り着けたとしても、あの蠢く何かは絶対あの場所に居るのだ。そんな予感がする。

あれを退けなければ瘴石を手に入れられない。
「結界があれば魔物からの直接的な攻撃は避けられるし、避難所にもなるわ」
ヒストリアは複雑な胸中から僅かに顔を曇らせた。
ルーメンとベリルの立てた作戦は、高位の魔物の足止めと採掘の二手に分かれるというもの。
それよりもヒストリアは高位の魔物を全員で討伐したあと採掘にあたる方が安全なのではないかと考えていたのだ。
「阿呆か。力量の性分からねぇ以上、討伐はしねぇ。高位の魔物が実際居るかどうかにもよるが、とっとと浄化石を作る方が断然いい。なら、目的は時間稼ぎだ」
ベリルはヒストリアの憂いを切り捨てるように言う。


その言葉は昨夜のルーメンのものと重なった。
――――「魔物に高い知性があるの?」
「あぁ。ベリルの仲間が言っていた。俺も推測の域でしかなかったが、第三者の見解を聞いて確信に変わった」
それはこれまで聞いたことのない話だった。

一般的に知られているのは、結界の外に出れば瘴気に侵され正気を失う、魔物に食われる、といった程度のものだ。
しかしルーメンの話ではそう単純なものではないらしい。
人体に有毒な瘴気は長く吸い続けるものではない、というのは概ね合っているが、正気を失うというのは身体に取り込んで蓄積された濃度や個人差もあるという。

そして聖力を厭う魔物は結界に反応し、その位置や浄化力を本能的に察知し逃げる。しかしこれは高位の魔物でなければの話だった。
知能の高いものは聖力の規模を本能的に感知し攻撃してくる場合があるという。
瘴気を纏う攻撃ならば浄化すれば良いだけの話だが、その攻撃が岩盤など間接的な物理であれば浄化もほとんど意味をなさない。さらに高位の魔物は聖女を狙う知性をも持つというのだ。

「結界を張ると下位の魔物の動きが変わる。もし高位の魔物がいれば反応して聖女の存在に気付くかもしれない」
だから結界は張らない。そして戦闘力不明の高位の魔物の討伐はこだわらない。

「「目的は時間稼ぎだ」」

ルーメンもベリルもこの考えは同じなのだ。
「そうそう。俺も興味本位で聞いただけだしね。浄化石が優先、結界は撤退する時の最終手段だよ」
「このバカも言ってるし、なんとかなるんじゃない?無謀ならベリルが了承してないわ」
スレイもニッカも同調している。
ゼノも固く頷いており、彼らの同意が取れているのは改めて理解できたが、ヒストリアは心許なく結界の外を見た。

揺らめく銀色の光の粒を潜れば、その先にあるのは淀んだ風が強く吹き荒れる薄暗い景色が待っている。
確かに時間稼ぎをすればいいというのは正しいのかもしれない。だがそれは、ヒストリアが確実に浄化石を作ることができる場合の戦略であり、大きな犠牲が伴う可能性がある。
仮に魔物に全員で挑めば撤退の判断も直ぐに出来る。その方が被害は少ないのではないだろうか。

ヒストリアを招き入れるように谷底で蠢く魔物が再び脳裏に過ぎり、指を握りしめた。
「大丈夫だ」
ふと、ルーメンの手が肩に添えられ現実に戻り、対の手に携えられていた杖の先端が一瞬、煌めいたように見えた。
「何があろうが今回の採掘で浄化石を作る。君ならできる。結界の外には何度も出るものじゃないからな」
冷静に告げるルーメンの言葉は信頼のおけるもので、触れられた肩に温かなものを感じ、ヒストリアは口端を解いた。
「えぇ……そうね。ごめんなさい、混乱させるようなこと言って。信じるわ」
深く頷き「私ならできる」と呟く。

「さぁ、もういいだろ。出発だ」
ベリルの促しに一同はついに聖女の加護が届かない結界の外へ出た。
一度目にこの結界を出た時は気付かなかったが、空気が変わる。ひやりとした肌寒さを感じる結界の外は、まるで死者の世界のようだ。
――――恐ろしい。けれど、絶対に浄化石を手に入れてみせる。
そう強く意識する。

しかし一方で、歩みを進めるヒストリアの影を追うように、嫌な予感は付きまとうのだった。
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