冤罪で聖印を奪われた令嬢、辺境で本物の大聖女になる ~傲慢令嬢ヒストリアの救済証明~
――――どこか見覚えのある男が二人。
名前は思い出せないが、思えば家の建築時から今回の採掘まで雇人らに混じっていた顔ぶれだった。

一人は男にしては小柄で、背にボウガンらしき武器を所持しており、一般的に平民の色と呼ばれる鳶色の短髪に好戦的な鋭い三白眼。

もう一人は反対に背が高く猫背気味で、整った顔立ちに反して覇気のない陰鬱とした眼の男だった。

見た目は若く、それぞれ特徴はあるのだが、さほど印象に残らない雰囲気を纏っている。

記憶をなんとか掘り返して気付いたのは、彼らは他数人の集団に混じっていたこと。
不作の農村地帯から逃げ出しディート地区へ流れついたという話をベリルがしていたのを思い出した。


その二人が何故か偽名で通していたはずのヒストリアの真名を知っている。

神殿、もしくはヒストリアの冤罪に関わる人物だろうか……それなら名を知っているのも合点がいくが……。
ロマとティアに駆け寄り二人を抱き寄せるヒストリア達に向かって一人がボウガンを向け、もう一方はナイフを手に男達がゆっくりと近づく。

この一帯は遮蔽物といえば隆起する岩盤と背丈ほどの岩石ぐらいだ。
無意識に隠れる場所を探すため視線を彷徨わせたが、二人を連れて走り抜けるには難しい。

躙り寄る男らに生唾を飲み、引き裂くように長身の男にがロマとティアの肩を捕えヒストリアから引き剥がす。ロマは恐怖に震え、ティアは泣きそうな顔で叫んだ。

「おねえちゃんっ!」
「なにするのっ!?」

咄嗟に叫び取り返そうと手を伸ばしたがボウガンを持つ男が一喝した。

「動くな」

ヒストリアは額に照準を向け距離を縮めてくる男と睨み合いながら声を絞り出す。

「……その子達を離して。私に用があるんでしょう?」

間近で捉えたその表情は酷く無機質なもので、表情の変化が浅いルーメンや感情の機微を悟らせないラキュウス辺境伯達とは違った覇気の無い瞳が特徴的だった。

例えるなら、まるで生を放り出したような、そんな顔をした男がヒストリアに訊ねる。

「この一帯に結界を張っている浄化石はどこにある?」

ボウガン男の発言にヒストリアは身を硬くした。

ディート地区近隣の浄化については、神殿から「大聖女さまの慈悲による結界拡張」によるものと発表されており、皆がそれを信じている。

真実を知っているのは、あの日ヒストリア達と共に浄化石の入手のため護衛に雇ったベリル達のみだ。

彼らがその時のことを他言するはずはなく、神殿の関係者も最近になってヒストリアが浄化したものと目論んでか、強制連行しに来たりするなどといった行動があった。

仮に神殿の関係者だったとして、彼らの目的が浄化石ということは、あのあと浄化石の存在を神殿が認知したのだろうか。
しかしその線で納得するには違和感を覚え、ヒストリアは思考を巡らせた。

ボウガン男の目をじっと見据えたまま唇を引き結んでいると、男は表情とは裏腹に苛立ちを孕む言葉を発し長身の男へ目配せする。

「……面倒だな。そうやって黙っているなら子供を殺す」
男の手が二人の首元に伸びてヒストリアは瞬き顔を歪めた。

「駄目よ!!」

「なら言えばいい。どこにある?」
無機質な瞳が細められた。

戸惑い、言葉に悩む。
刹那、男達の背後に見える近くの岩石の裏で銃口が光った。ベリルのものと見られる片手が右にズレろと訴えている。

ヒストリアは視線を落とし迷いながら右脚を下げ後退り男達に訊ねる。

「ここにはないわ……貴重なものなのよ、私が持っているわけないじゃない。あなたたちは神殿の人?」

意識を会話に向けるようにして不自然なにならぬよう右に寄り二人の反応を窺えば、ボウガン男は舌打ちを鳴らした。

「余計な質問はするな。お前の家か?」
「いいえ……」

感情が欠落した表情をしているが、先ほどからの言動を見て意外とその内側は起伏があるようだった。

「……面倒だな。非効率だ。この女が所有しているのが好都合だったが、やはり彼奴か」

「先輩」

不意に長身の男が口を挟んだ。
ベリルは男の足元を狙っている。

「分かっている。助けがきたとコイツの顔に描いてある」

ボウガン男が振り向き、ベリルが引き金を引くより早く矢を放ったことで弾道が外れ地面に小さな砂煙があがった。

そのまま男はボウガンを投げ捨てると地を蹴って間合いを詰め、長く大きな針のような刃物を振り上げ、それにベリルも応戦する。

絡れる二人に間髪入れず長身の男はティアを投げつけた。
当然ベリルはティアを受け止めざるを得ず、その瞬間に拳銃を持つ手を蹴り上げられる。
落ちた拳銃をボウガン男が拾い上げ、それをヒストリアらに向けた。

「動くな。ベリル、お前が浄化石を持ってこい。でなければコイツらを殺す」

ロマの肩を掴む長身の男は頬にナイフをあてて子供の薄い肌に赤い線が薄らと浮かび上がる。

「うっ……いたいよ!」
「傷つけないで!」

ヒストリアが叫び、ロマが涙を滲ませていた。

「お前は黙っていろ。この子供を殺されたくなければな」

顔を歪める悲痛な叫びに、ベリルは口端から吐息を溢し両手を挙げた。

「せっかちだな」
「どうせ聞いていたんだろ。見張りをつける、さっさと行け」

ヒストリアに銃口を向けたまま慎重にボウガンを拾い上げ背負い直した男はロマの元まで移動し二人を人質に取る。

その男を”先輩“と呼んでいたもう一人の長身の男はベリル達から一定の距離を置いてから無言でボウガン男を見遣った。

「ベリル。あの男に知られないように持って来い。名をルーメンとかいっただろ。あれに邪魔されたら面倒だ」

ボウガン男が念を押すように告げるとベリルはいつもの食えぬ表情で吐き捨てた。

「その面倒なのがあんたらの欲しがっている浄化石を持ってんだがなぁ」
「騙すなり盗むなり考えろ。お前たちは知り合いだろ」

「は、そう言われてもな。俺なんかが盗み出せるとは到底思えねぇ……いっそあんたらがこのまま乗り込んで脅せば済む話じゃねぇか」

その場を動こうとしないベリルにボウガン男は逡巡したのち銃口を向け銃弾を一発放つ。

ベリルの後ろに隠れ腰にしがみついていたティアの肩がびくりと跳ねた。弾は敢えて外されていたようでベリルの顔の横を抜けていった。
一方、長身の男は冷静に胸元から何か取り出すと握り締めていたものを見遣ったあとボウガン男の先輩に向けて眉を顰めた。


「あの~、先輩。ちょっといいですか?」
「なんだ」

「やっぱり浄化石なんて後回しでいいでしょ。効率的だかどうとか知りませんけど、一度になにもかも済まそうとするの止めませんか。俺が女殺しますから、ユリアン回収してくださいよ。反応あるんで多分その辺にいますよ」


ヒストリアは瞳を揺らした。
この二人を放った相手はヒストリアを殺せと命じている。

それから初めて聞く名……――男の一人はユリアンと言った。
自分達以外に一体誰が潜んでいるというのだ。

視線を彷徨わせるがヒストリア達以外に誰かが居る様子はなかった。

「黙れ。お前は俺のいう通りに動けばいい」

「そーですか……実は俺の知らないところで別の依頼人からも金積まれてます?」

長身の男が茶化すように問えばボウガン男は黙り込んだ。

「無視ね。まぁ、忠告はしましたよ」

呆れた面持ちで言う姿に、ベリルが薄らと口を開き笑う。
それからボウガン男に向かって言った。

「なぁ。お前ら随分と臆病なんだな?特あんた。顔見知りを使いたい程度にルーメンを警戒してる、そうだろ?」

「男と長話する趣味はない。時間稼ぎのつもりなら無駄だ」
「女ともしねぇだろ」
「は?」

「聞いたぜ。チラチラ見てくるくせに、無言で一杯飲んだらとっとと帰っちまう腑抜けた男がボラフ亭によく来るんだってよ」

「……勘違いしてるようだが任務のために出向いただけだ」

「へぇ。だがお前の相棒の方は気前よく金を落とすらしい」

挑発的に長身の男に視線を流すベリルにボウガン男の銃口が今度こそ脳天に向き、ヒストリアは唇を震わせた。

しかし長身の男の方が先に詰め寄りベリルの腹を殴り飛ばした。
重心が崩れその場に倒れるベリルにティアが駆け寄る。

「さぁさぁ、無駄口叩かずとっとと歩けよ。せっかく生かして貰えてんだからさ」

それは明らかにボウガン男への挑発を遮る行為だった。

「いや。察しのいい仲間が気付くかと思ってよ」

対してベリルは隻腕で身体を起こしながら乾いた笑みを浮かべていた。

「いやいや、あんた一人だったでしょ。ここから谷までどれだけ距離があると思うの。気付くわけないだろ。お前は必死こいて浄化石を持ち出すことだけ考えてろ」

言って男はもう一発ベリルの腹に狙いを定め拳を振り上げた。

「ベリルっ!」

ヒストリアは思わず声を荒げた。
しかし酷く冷静に、痛みがあるはずの身体をベリルは躊躇なく起こしティアの頭を撫でる。

「……安心しろ。問題ねぇ、俺たちは運がいいからな」

その言葉にヒストリアはハッとした。

確か双子は言っていた。
採掘現場での出来事をベリルに伝えるため呼びにきたのはスレイだったと。

だが先ほど長身の男は、ベリルが一人だと言った。
つまり、二人の認識ではベリルを呼びに出た人間はすでに採掘現場に帰っているということになる。

もし仮に、幸運にもスレイがその人物から又聞きして伝達役を引き受けていた場合、ベリルと別行動をとっていたのなら……。

ベリルがロマとティアを預けに来たときに姿が無かったため気付かなかったが、スレイはこの状況を把握しているかもしれない。

――――その時だ。
「っ……、くそが」

ボウガン男の動揺と同時に足元が揺れ、直後に勢い良く地を割って巨大な植物の茎が天を貫いた。


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