冤罪で聖印を奪われた令嬢、辺境で本物の大聖女になる ~傲慢令嬢ヒストリアの救済証明~
――――その夜、ヒストリアは初めてルーメンの家に泊まった。
まだ起きる気配のないユリアンをルーメンが二階の空き部屋まで運び、ヒストリアは小さな椅子に腰をかけて見つめている。
小さな蝋の灯りだけが、密かに揺れていた。

ずっとただの仔猫だと思って扱っていたものが人間だったとは未だに信じ難いが、あの光景は確かに現実で、どう受け止めるべきか悩ませる。

額に手を当てため息を溢した。
名前を知っているのは姿が猫のままで意識はあったということだろうか。
王宮では何が起きているのか。

聞きたいことはあったが、目覚めたとして、どう接すれば良いのだろう。

窓の外からは月明かりが差し込んで、蝋の明かりと交差し静かにヒストリアの影を揺らす。
暫くそのまま眺めていれば、ふとユリアンの指先が動いた。
すぐ後に眉間に皺が集まって何度か瞬く姿に釘付けになっていると視線がかち合う。

「ここは……」

不安そうな声音にヒストリアはユリアンに手を重ねた。

「大丈夫よ。ここはルーメンの家だから……呼んでくるわね。あなたを心配していたのよ。それと水差しがあるから、そこのコップを使って喉を潤すといいわ」

すぐに席を立ち扉へ向かおうと背を向ければユリアンの上擦った声に呼び止められる。

「あっ、あの……ヒストリア様……私のこと、覚えてらっしゃいますか?」

振り返りるとユリアンが上体を起こし身を乗り出していた。
その姿をじっと見つめたが、すぐには思い出せなかった。

「……ごめんなさい。私、あなたとどこかで会ったことあるかしら……ちゃんと覚えていなくて」

ユリアンは眉尻を下げ、思い詰めた表情を浮かべたあと俯き言った。

「会ってます……ヒストリア様が王宮に召還される前に……」

ヒストリアは固まった。
それから飛び出すように記憶が蘇ってくる。

ヒストリアに王妃が倒れた事を報告してきたメイドの声、その髪色、王宮で弁解する自身の姿。
黒い髪のメイドの名は……。

「……アン?」
「はい……。申し訳ございません!私がっ……私があなたの姿になって、王妃様に毒を盛りましたっ……」

ユリアンは背を曲げ寝具に額を擦り付け訴えた。

「本当に、申し訳ございませんっ!」

固まったままのヒストリアに向かって、それから何度も何度も謝った。
苦しそうな声で。


謝罪の言葉を浴びながら、ヒストリアはどこか自分が遠い位置にいるような錯覚をして、ユリアンに対し不快な感情が生まれ冷めた声で言った。

「……それだけ?」

「いえ……売人との取引も私が……他人に目撃されるよう動いたりもしました……他にもヒストリア様の姿で他のご令嬢に嫌味を言ったり……申し訳ございません、本当に……人生を、狂わせてしまい……」

取り留めなく吐き出される言葉は、ヒストリアの裁判が省略された理由を後押しするような内容だ。

証拠が全て揃っていると国王が確信していたのも無理はない。
全てが恐ろしいほどに上手く嚙み合っていたのだろう。
叩けば埃が出てくるようにヒストリアが有罪となる証拠が揃ったのだ。

しかし、ユリアンが毒を盛ったとして、そんなことは王宮の事情に詳しくヒストリアの予定や行動を熟知した人間が手引きしなければ必ず無理が出てくる。

あの断罪劇はまるで決定事項の通告で、有無を言わせなかった。
その条件を踏まえたうえで、どのタイミングで情報を開示するか布石を置いていくことを得意とする人物など、ヒストリアの知る限りエリザベートを以てして右に出るものはいない。

義兄のロイドとて、その血統という高い壁に阻まれ、王宮内部に関する情報を得るのは容易ではないはずだ。

幇助していたであろう姉の顔を思い浮かべれば不快な気分が一層増した。

――この子は一体なぜ。

ヒストリアは謝罪をするユリアンに歩み寄り正しく向き直ると見下ろした。

「あなたの罪の話をしたいわけじゃないの。私が聞いたのは、つまり……あなた、言い訳はしないの?」

ヒストリアの言葉に顔を上げたユリアンの瞳には涙の粒が溜まっていた。
瞳孔が開き、唇を震わせるその様子は、言葉を上手く呑み込めているのか不確かだ。

「言い訳なんて……私のせいでヒストリア様が……」

ようやく絞り出したユリアンの言葉は濁りのない懺悔だった。

ヒストリアの処遇に対する後悔と自責の念に駆られる姿は疑いようがない。
なんて純粋な子なんだろうか。
なぜ、言い訳しないのか。
理由を述べて自分は悪くないと訴えることは出来るはずだ。

実際、ルーメンに助けられた時のヒストリアは取り乱し、”なぜ”嵌められたのかなど考えず、感情的に訴えた。

『自分は悪くない、嵌められた、絶対に許さない』

あまりにも稚拙で、無実が事実だとしても憐憫よりもきっと、なるべくしてこうなったのだと思われる言動しか出来なかった。
以前よりずっと客観的に自分を鑑みるようになった頭ではそう思う。

だが、ヒストリアよりも幼いこの少女――ユリアンは、一切の言い訳を並べず事実だけを告げ、それを自分に責があるとしている。

だから不快なのだ。

あまりにも自分とかけ離れた存在。
こんな風に考えられる子なら、きっと皆に愛されるのだろう。

これは羨望が混じった居心地の悪さで、同時に、追放劇に加担していたと告白されたというのに憎みきれない気持ちにさせた。

仔猫の姿だったユリアンと生活を共にした影響もあるのだろうか、逡巡したが答えはでない。
揺さぶられる感情に疲れを感じ、ヒストリアは淡い笑みを唇に落としたあと静かに背を向けた。

「あなたが素直な子だってよく分かったわ……ルーメンを呼んでくるからベッドで休んでなさい」

ユリアンは何か言いたそうにしていたが、ヒストリアは平静を装いながら逃げるように扉を閉めた。
そして俯き瞼を閉じる。

いきなりの事で有耶無耶にしてしまったが、ユリアンの告白を受け止める以前に、きちんと経緯を聞き出さなければならない。

ある意味、あれ以上問い詰めなかった自分を慰めるようにヒストリアは溜息を零した。

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