冤罪で聖印を奪われた令嬢、辺境で本物の大聖女になる ~傲慢令嬢ヒストリアの救済証明~
――――「ルーメン、あの子が目覚めたわ」

階下の研究室ではルーメンが古びた本を捲っていた。
その姿に声を掛けると、振り返った黄金色の瞳が観察するかのようにヒストリアを見つめ、それから本を置いて歩み寄る。

ヒストリアはそのまま連れ立って二階へ行くつもりで身を翻したが、刹那、手を引かれ無意識に歩みを止め振り返る。

「なに?」

どんな意図があるのかと訝し気に視線を返していれば、徐に手が伸びて頬に触れた。

「顔色が悪いな……」

ひんやりとした冷たい感触だ。
確かめるように今度は額にかかる煤けた銀髪を撫であげ額の温度を測るのが分かり、少ししてから骨ばった長い指が眼前を過り、離れていく。

明かに以前された時とは違う。
物憂げな色が混じる瞳と視線が重なり、ヒストリアは何度か瞬いたあと、少し俯いて口許に笑みを乗せた。

どうやら今度は本気で心配してくれているようだ。
ルーメン本人が意図してそうしたのかは分からないが、その行為だけで棘の立ったヒストリアの心は宥められていた。

顔を見ればほっとする。
一緒に考えてくれる人がいるのだとそう思えたからだ。

「――大丈夫よ。少し疲れただけ」
「それだけか?」

「えぇ。疲れたの。だってあの子、いきなり謝ってくるんですもの。困るわ」

濁っていた感情が中和され、なんてことのないように軽く告げる。
ルーメンはヒストリアに視線を落としたまま少し間を置くと、落ち着いた低い声が柔らかに訊ねる。

「君が戸惑うほどの話を、打ち明けられたんだな」

「えぇ。……でも話の内容よりユリアンに驚かされたの。変よね。さっき少し言葉を交わしただけなのに、なんか伝わるのよ。あの子、すごく純粋そう……」

言い訳ばかりの自分とは違う、心からの謝罪を受けたように感じるヒストリアは毒気の抜かれた声で返すと笑った。

「なにか影響を受けているようだな……」

観測者のような目を向けてルーメンが言う。

「そうね。羨ましいの。あんな風に振る舞えていればよかったって」

開き直ったヒストリアは胸中を吐露することで、それを受け止めていた。

自分にはない、ユリアンのような心根の優しさがあれば未来が違っていたかもしれない。
後悔先に立たずというが、そんな風に感じたことを認めざるを得ず、降参したように努めて明るく告白する。

すると唐突に抱き寄せられ、ルーメンの言葉が耳孔の奥に響く。

「――俺は、いつも変わろうと努力している君が好ましいが……それでは駄目か?」

ヒストリアは身体が熱くなるのを感じ騒ぐ心臓に戸惑う一方、聞き覚えのある言葉に平静を取り戻しながら視線を彷徨わせた。

ルーメンは以前も同じように価値があると慰めてくれた。
そしていつもヒストリアを見てくれている。

変わらない安心を与えてくれる腕の温もりはヒストリアがずっと欲していたものだ。

ベルナルド王太子殿下からは得られなかった、ほんの些細な努力を拾ってくれる相手。

ヒストリアが変わりたいと望み続ける限り、言葉に出来なかった感情を整理し、吐き出していいのだと気付かせてくれる相手だ。
まるで師のような存在だが、今や胸に明らかな熱が灯る相手にもなっている。

縁が切れることがないよう大切にしたい。
すっかり心が満たされ、ヒストリアは少し甘えるようにルーメンの胸に頬を寄せたあと、気持ちを切り替え顔を上げた。

「……慰めてくれてありがとう……あなたが見ててくれるのに、つい贅沢言っちゃったわ」

眉尻を下げ申し訳なさそうに告げれば、僅かにルーメンの瞳孔が小さくなる。
それから腕が解かれ宥めるように頭を撫でられる。

「そうやって溜めずに吐き出す方が健全だ。小出しにすれば深く悩むことがない」

ルーメンは静かに告げると視線を二階へと向けた。

「さて、ユリアンから事情を聞こう」


そしてヒストリアとルーメンは知る事となる。
フランドール家没落を目論むロイドとエリザベートによるヒストリア冤罪の断罪劇は、今やシルドバーニュの王家簒奪にまで発展していることに。


ロイドは聖者の力を使い、魔法使いを利用して王家を簒奪しようとしている。

しかしユリアンは妙なことを言った。

「――でも、エリザベート様は私の逃亡に手を貸してくれたの……」
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