冤罪で聖印を奪われた令嬢、辺境で本物の大聖女になる ~傲慢令嬢ヒストリアの救済証明~
「――通らなかっただと!?」

青天の霹靂とはこのことだ。
どんなに完璧に予定したことも、無能な人間の手が加われば書き換えられてしまう。

「王家の介入があったのよ。従兄弟に継承権を委ねるべきだと。私が放棄するなら叔母様が後見人になり従兄弟が継ぐべきと国王の要望があったらしいわ……面倒な茶々入れをしてきたものね」

原因は国王の鶴の一声。
承認寸前まで進んだ話は、ロイドの元まで届かなかった。
執務室の机を叩きインク瓶が揺れる。

「血統主義か……自分は平民の女を娶ったくせに」

「ロイド……ここは一旦時期を見送りましょう。国王は気紛れよ。血統に拘るのは貴族の大聖女が不良品だったという腹いせもあるわ。気が逸れた頃にまた打診するべきね」

エリザベートは他人事だからか相変わらず達観したような口調で吟味する。
その審美眼はロイドも一目置いてはいるが、時期を見送るなど到底許せるものではなかった。

「君とユリアン達がいれば問題はない」
「どういう意味かしら……」
「僕は十分待った。血統?階級?糞食らえだ」

沸々と胸の底から怒りが込み上げ、机に並ぶ書類を払い落としロイドは声を荒げた。
その姿にエリザベートは顔色一つ変えず諭すように言う。

「ロイド……気持ちは分かるけれど目的を見失っては愚かよ……」
「父は僕の手中にある。邪魔なヒストリアも取り上げた……これから仕上げなんだ」
「焦っては駄目……水泡に帰すと言うでしょう」

「いやいや。焦ってないさ、名案を思いついたんだよ。そもそも腐った貴族を許す国があるからいけないんだ。僕がこの手で整理してやろうじゃないか」

エリザベートの言葉を一蹴し、ロイドは執務室の椅子に腰を落とし脚を組むと歪に口許を歪める。


「まさか、国家転覆を目論む気……?」

声を潜めるエリザベートに気を良くしたロイドは歯列を覗かせた。

「そんな大掛かりなことはしないよ。こっそり入れ替えるだけだ。ユリアンを国王に擬態させる。そして僕はシェリル王女と結婚する」

国王が爵位を取り上げるのなら、自分はその命と娘を取り上げる。
王族と縁者になればもうロイドをとやかく言う者はいない。

邪魔なベルナルド王太子殿下も消してしまえばいい。

その意思を滲ませた発言に流石のエリザベートも凍りついていた。

「っ……無謀だわ」

「君の観察眼を駆使して王宮内部の情報は集まっている。ユリアンだけではボロが出るだろうからアリアも忍ばせたいが……名目は愛妾なんてどうかな」

考え始めれば妙案だと確信する。

むしろ何故もっと早く悪の根源を潰そうと考えなかったのか愚かな自分を笑ってしまうほどだった。
だが興奮するロイドに反して、エリザベートからは冷ややかな空気が流れている。

「ロイド……やりすぎよ」
「はぁ?」

「私はそこまで望まない。父とヒストリアに、この家の歴史に最悪の顛末を与えたいだけ。爵位なら時期を待てば必ずあなたのものになるわ」

それ以上は踏み込まないと物語る瞳とかち合った。
この数年で同士として扱ってきたエリザベートの言葉に、ロイドは感情を抉られるように激しい衝動を覚え、気付けば怒声を叩きつけていた。

「僕はもう十分待った!!!!」

吐き出した興奮は容易には鎮まらない。

「糞みたいな人生だった。糞ったれの貴族共に迎合して、あと一歩で夢見た計画が実現する!」

それでもエリザベートの強い視線は揺らぎがない。

「誰もがお前みたいに悠長に構えてられると思うな、エリザベート。邪魔は排除するんだよ」
荒げた息を整えながらロイドは震える指をエリザベートへ突き付けた。

どうせこいつも貴族だ。
同じ目的を持っていただけで、分かり合えるはずがなかったんだ。

「裏切るなら君も始末する」

脅しの言葉が効かないと頭で分かっていながらも吐き出さずにはいられない。
案の定、エリザベートの澄んだ青い瞳は凛として、得体の知れぬ笑みを溢した。


「……そう。あなた、もっと高潔だと思っていたわ。まるで子供の癇癪ね……付き合いきれないわ」
「エリザベート!!」

ロイドは背を向けたエリザベートの腕を咄嗟に掴んだが、こちらを振り返ることはなく冷たい言葉が落ちる。

「私は必要ないのでしょう?家を出るわ……この家の顛末は好きになさい。けれど、私にはリュートスがついてる。そして世間の目も」

強い意志を感じた刹那、一瞬緩んだ手元を払われエリザベートは出て行った。

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