冤罪で聖印を奪われた令嬢、辺境で本物の大聖女になる ~傲慢令嬢ヒストリアの救済証明~
――上手くいかない。こんなことは初めてだ。
いや、初めてではない。
この腐りきった貴族社会の場末に生まれ落ちたその瞬間から、思えば何も上手くいってなどいなかった。
ロイドは思い上がっていたことを理解する。
今はまだ、這い上がっている過程なのだ。
貴族社会の不純物。
要らない子供。
酒におぼれる男からの暴力。
夜毎に泣き叫ぶ母。
これらがロイドをたらしめるものだった。
貴族と平民の駆け落ちの末路は、恋愛譚のようになどいかない。
ロイドの見てくれ目当てで遊びの関係を欲する令嬢に連れられ、劇場に足を運ぶたびに母を思い出していた。
夢物語に憧れた年若い平民の母は誤ったのだ。
『運命の相手と引き裂かれそうな自分』に酔いしれた貴族の手を取り、母は地獄を見ることになった。
ロイドは母が駆け落ちを選んだ理由こそ十分に理解出来たが、しかしあの男の何が良かったのかは未だに分からない。
母が盲目的に恋をして手を取ったのは子爵家の五男。
その男は婚約者がいるにも関わらず母に手を出し駆け落ちを唆した。
結局、二人が幸せに暮らす結末などなく、好き勝手した男は実家から勘当され、帰る家のない元貴族と成り果てた。
そんな男が厳しい社会の荒波を生き抜けるはずがなく、そいつは本性を露わにし、母の全てを売ったのだ。
それも平民嫌いで有名なフランドール女侯爵の夫、――ガスト・フランドールという屑に。
あれは愛妾などの扱いではない。
貴族の女や娼婦相手に出来ない玩具にされた結果、生まれたのがロイドだ。
その後も同じ。
母は物好きな貴族共に消費され、ロイドはその光景を眺めながら育った。
「顔はいいが、如何家畜の臭いがな……血に染み付いている」
父であるガストの零した言葉は幼い記憶に深く刻まれた。
やがて母が病気に侵されるとガストは寄り付かなくなった。
しかし幸か不幸か、ロイドは侯爵の子であったため、「いつか使える」かもしれないと教養を与えられ、母を売った男はガストの使用人となり下がる。
その歪な環境を『不幸の渦中』だと幼いながらにロイドは理解し、常に自分に言い聞かせた。
「僕は抗うことを知らない馬鹿ではない」
――その出会いはロイドの意思を後押しするものだった。
フランドール家の敷居を跨ぐため勉強に励んでいたある日、自分の知らない才能を知らしめる出会いがあった。
「ほぉ……甘い声が聞こえると思えば……こいつは聖者か。えらく荒んで、実に歪で美しい……」
そのとき『聖者』という言葉をはじめて知る。
魔法使いを魅了し、操る力があると、老齢の男はロイドに教えた。
その力の使い方を告げると消えてしまったが、ロイドにはそれで充分だった。
地固めに勤しんだ勉学の甲斐が功を奏し、父はロイドを少しだけ気に掛けるようになり、会話の中でフランドール家に男がいないことを知った時はまるで運命のように感じた。
男に生まれたのは天啓に違いない。
ロイドはとにかく幼い頭を使って、ゴミ屑の父親相手に自分が価値ある存在だと示し、甘い蜜を吸わせることに注力した。
この国では女性の継承権が認められているが、ロイドの認識では女など容易に御せると信じて疑わなかった。
年月をかけて父の警戒を解き、信用と商才を見せつければ懐柔は早かった。
そしてフランドール家に迎え入れられる。
怠け者の父を騙し、領地の運営に関わることは全て引き受け、エリザベートの後見人としての役割を奪っていく。
それ自体は公にしなければ何ら問題はないため父は安心しきっていたが、これはゆくゆく大切な布石となる。
重ねて利のある商売や投資先を助言し、味方だと思い込ませれば、父はロイドを重宝した。
ただし生活すれば分かる。
大聖女という価値だけが目障りなヒストリアよりも、エリザベートの方が厄介な存在だということに。
幸い、姉妹の溝に目を付け速やかに協力関係を結べたが、あれは口うるさい女だった。
ただし一致しているのは父の破滅。
そしてフランドール家の没落。
暴力と薬の渦に落とし、正気を捨てきれない境界をゆらゆらと漂わせ生きた屍にすることにエリザベートは何ら意義を唱えなかった。
そこは評価したい部分だ。
ロイドは父にワイングラスを傾けて酒を浴びせながら笑った日を思い出した。
「死んで詫びろなど生温い。僕は搾取される人生を拒否する」
そう言ってやればうつろな目の父の唇が物言いたげに微かに動いた。
自分は奪う側だ。
その権利があるはずだ。
いや、初めてではない。
この腐りきった貴族社会の場末に生まれ落ちたその瞬間から、思えば何も上手くいってなどいなかった。
ロイドは思い上がっていたことを理解する。
今はまだ、這い上がっている過程なのだ。
貴族社会の不純物。
要らない子供。
酒におぼれる男からの暴力。
夜毎に泣き叫ぶ母。
これらがロイドをたらしめるものだった。
貴族と平民の駆け落ちの末路は、恋愛譚のようになどいかない。
ロイドの見てくれ目当てで遊びの関係を欲する令嬢に連れられ、劇場に足を運ぶたびに母を思い出していた。
夢物語に憧れた年若い平民の母は誤ったのだ。
『運命の相手と引き裂かれそうな自分』に酔いしれた貴族の手を取り、母は地獄を見ることになった。
ロイドは母が駆け落ちを選んだ理由こそ十分に理解出来たが、しかしあの男の何が良かったのかは未だに分からない。
母が盲目的に恋をして手を取ったのは子爵家の五男。
その男は婚約者がいるにも関わらず母に手を出し駆け落ちを唆した。
結局、二人が幸せに暮らす結末などなく、好き勝手した男は実家から勘当され、帰る家のない元貴族と成り果てた。
そんな男が厳しい社会の荒波を生き抜けるはずがなく、そいつは本性を露わにし、母の全てを売ったのだ。
それも平民嫌いで有名なフランドール女侯爵の夫、――ガスト・フランドールという屑に。
あれは愛妾などの扱いではない。
貴族の女や娼婦相手に出来ない玩具にされた結果、生まれたのがロイドだ。
その後も同じ。
母は物好きな貴族共に消費され、ロイドはその光景を眺めながら育った。
「顔はいいが、如何家畜の臭いがな……血に染み付いている」
父であるガストの零した言葉は幼い記憶に深く刻まれた。
やがて母が病気に侵されるとガストは寄り付かなくなった。
しかし幸か不幸か、ロイドは侯爵の子であったため、「いつか使える」かもしれないと教養を与えられ、母を売った男はガストの使用人となり下がる。
その歪な環境を『不幸の渦中』だと幼いながらにロイドは理解し、常に自分に言い聞かせた。
「僕は抗うことを知らない馬鹿ではない」
――その出会いはロイドの意思を後押しするものだった。
フランドール家の敷居を跨ぐため勉強に励んでいたある日、自分の知らない才能を知らしめる出会いがあった。
「ほぉ……甘い声が聞こえると思えば……こいつは聖者か。えらく荒んで、実に歪で美しい……」
そのとき『聖者』という言葉をはじめて知る。
魔法使いを魅了し、操る力があると、老齢の男はロイドに教えた。
その力の使い方を告げると消えてしまったが、ロイドにはそれで充分だった。
地固めに勤しんだ勉学の甲斐が功を奏し、父はロイドを少しだけ気に掛けるようになり、会話の中でフランドール家に男がいないことを知った時はまるで運命のように感じた。
男に生まれたのは天啓に違いない。
ロイドはとにかく幼い頭を使って、ゴミ屑の父親相手に自分が価値ある存在だと示し、甘い蜜を吸わせることに注力した。
この国では女性の継承権が認められているが、ロイドの認識では女など容易に御せると信じて疑わなかった。
年月をかけて父の警戒を解き、信用と商才を見せつければ懐柔は早かった。
そしてフランドール家に迎え入れられる。
怠け者の父を騙し、領地の運営に関わることは全て引き受け、エリザベートの後見人としての役割を奪っていく。
それ自体は公にしなければ何ら問題はないため父は安心しきっていたが、これはゆくゆく大切な布石となる。
重ねて利のある商売や投資先を助言し、味方だと思い込ませれば、父はロイドを重宝した。
ただし生活すれば分かる。
大聖女という価値だけが目障りなヒストリアよりも、エリザベートの方が厄介な存在だということに。
幸い、姉妹の溝に目を付け速やかに協力関係を結べたが、あれは口うるさい女だった。
ただし一致しているのは父の破滅。
そしてフランドール家の没落。
暴力と薬の渦に落とし、正気を捨てきれない境界をゆらゆらと漂わせ生きた屍にすることにエリザベートは何ら意義を唱えなかった。
そこは評価したい部分だ。
ロイドは父にワイングラスを傾けて酒を浴びせながら笑った日を思い出した。
「死んで詫びろなど生温い。僕は搾取される人生を拒否する」
そう言ってやればうつろな目の父の唇が物言いたげに微かに動いた。
自分は奪う側だ。
その権利があるはずだ。