冤罪で聖印を奪われた令嬢、辺境で本物の大聖女になる ~傲慢令嬢ヒストリアの救済証明~
「――どうした?」

エリザベートは迷った様子だったが、こちらを窺うような瞳を向けたあと、ぎこちない笑みを湛えて言った。

「……あなたの家族が羨ましくて」

その一言はベリルのなかで重く響いた。これはきっと本心なのだろう。

「いっそうちに来くるか?」

気付けば咄嗟にそう言っていた。

「え?」
「本気だぜ。親父が雇人増やしたいんだってよ」

涼やかな瞳が一瞬だけあどけなさを滲ませたが、すぐに穏やかな色が灯る。

「あら、いいわね。お給金を弾んでもらおうかしら」

言ってエリザベートは冗談めかして答えると長い息を吐いてからベリルを見遣り、逡巡したあと遠くで飼料を啄む鶏達を見つめると言った。


「……最近ね、ヒストリアが父と同じことを言うの。前はもっと純粋な子だったのに……あの子が将来国を背負っていくのだと思うと不安だわ」

二人きりの鶏小屋で、吐き出されたのは危うげな弱音だった。

「あの子は歌い方も忘れてしまってるの。きっとお飾りの大聖女にしかなれないわ。聖印だってどうなるか……なのに相変わらず父は好き勝手して……悪影響ばかり与えて、母を踏み躙ってるみたい」

その言葉は酷く悲観しているような口ぶりだった。

エリザベートの妹は次の大聖女。
この国を守り、王家に嫁ぐ特別な存在だ。

領地でも当然有名で、しかしそれは次の大聖女だからというよりもその我儘で傲慢な性格にあった。

「私に印があればそれに見合う努力をするのにって、あの子が無責任に見えて腹が立ってしまう」

平民相手にも親しく話すエリザベートとはあまりにかけ離れた妹で、確かにベリルはヒストリアが大聖女であることがたびたび腑に落ちなかった。

エリザベートの方がよっぽど国を想っているからだ。

リュートスも言っていた。
――エリザベート様は高貴なる者の義務を重く受け止めてらっしゃる。

エリザベートは母を語る人々から聞き得た話と、自身の淡い記憶を頼りに、良くも悪くも究極の理想像を作り上げてしまっているらしい。

妹が父親に毒されていることを嘆きながら国を憂い、同時に孤独も感じているように思えた。

「辞めさせた方がこの国にとっても、あの子も苦しまずに済むかも……なんてね」

溜め込んだ澱みを吐き出すようにエリザベートが語り、ベリルはそれを黙って聞いたあと、しばらくの沈黙を置いて口を開いた。

「お前さぁ……キレイ過ぎるんだよ」
「……え?」

エリザベートが虚を突かれたように目を瞠ったので、頭を無造作に掻きやってから続けた。

「いつもずーっと先のことばっか考えて、誰かのために悩めるやつってなかなか居ねーよ」

エリザベートの瞳は何度も瞬いて、それから不思議そうな顔をする。

「たまには目の前のことだけ集中しろよ」
「してるわ」

「してねぇよ、今は俺といるだろ」
「ベリル……」

「お前がそこまで思ってんだ。妹の中で何も育たないわけねーだろ。そばに居ればちゃんと届く。あいつも金の卵かもしれねぇだろ。エリィの心配がないぐらい、この国を立派に守ってくれる」

慰めになったかは分からない。
食い入るように言えば、エリザベートは寂しそうに笑う。

「可能性が詰まってると言いたいの?もう、ベリルは楽天的ね。ストレスの高い環境の鶏はそれなりにしか育たない。人間だって同じよ……私だってそう」

「なに言ってんだ、エリィはいい領主になる」
「そうかしら……」

まるでこのまま父親の干渉から抜け出せず、食い物にされると言わんばかりの弱々しい言葉だった。

「エリザベート。俺、将来は文官になるぜ」

本当は進学が決まるまで黙っているつもりだったが、ベリルは勢いあまって言った。

「平民でも実力があれば雇ってもらえるだろ?お前が不安なら俺を雇えよ」

そうすれば一番近くで守れる。
平民の自分がエリザベートを支えるにはそれが良いのだ。
リュートス以外にも、エリザベートを理解してやれる人間がいた方がいい。

「……私の隣で働くつもりなの?またそんな冗談言って」

真剣な眼差しで見つめたが、一瞬だけ白い肌を赤らめたあと、逃げるようにエリザベートは視線を逸らした。

「真面目に言ってんだよ。親父達も応援してくれるし。お前は危なっかしいだろ」

しかしベリルの思いに反して二人の視線が再び重なることはなく、エリザベートは首を小さく振る。

「私は……平気よ、大丈夫」

また何か考えているのだろうか。
ベリルは少しの苛立ちを覚えた。

「いつも息苦しそうな顔してるくせに」
「気のせいよ」
「そーかよ」

人一倍優しく、真面目で、賢い故の弊害なのか、いつも先の不安を見つけては憂うエリザベート。
こうやって吐き出す相手がいなければ折れてしまいそうなほど繊細なくせに頑固な人間。

焦ったさに悶々とするベリルだったが、うじうじ考えるのは性に合わない。

それにエリザベートのどんな一面を見ようと守りたいと思うのは変わらないのだ。

証明するのは言葉でなく行動だ。
だが今だけは言葉で繋ぎ止めたかった。

「まぁいい。とにかく俺は文官を目指す!それも引くて数多の優秀な文官にな!人気すぎて給金弾まなきゃなんねぇってなっても知らねーよ」

吐息を零し至極明るい調子で言えば、逸らされていた瞳がようやく重なった。
淡い光がそこにはあった。

「……それなら雇えなくなるかもしれないわね」

エリザベートは笑って、その表情は先ほどよりも少しだけ軽く見えた気がした。
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