女嫌いな心臓外科医の契約妻になりました
気がつくと、見知らぬ部屋で眠っていた。ホテルのようだが、やけに豪華な部屋だ。
ベッド脇のテーブルに小さな加湿器がセットされており、シュンシュンと小さな音が聴こえる。

「目が覚めたか」
すぐに匠の声がして、彼の姿が視界に入った。

「深沢せんせ……?」
ゆっくりと状況を整理して、院長との会食の後に倒れてしまったのだと自覚する。この部屋は困った彼が取ってくれたのだろう。

「……すみません! わたしったら……」
なんて迷惑をかけてしまってのだろう。

起きようとすると、匠にまだ寝ているようにと制止される。
雪音が大人しく寝ると、匠はほっと息をつくとベッド脇のカウチソファに腰掛けた。

「君は持病が? 以前も目眩を起こしていたな」
「いいえ……」
「嘘はついていないな?」
「は、はい。いたって健康です」

診察というより尋問のようだ。男性が怖いだけで身体は健康なのだから、これは嘘じゃない。

「君の既往歴も調べたし良原先生にも確認をし病気はないとは聞いているが、まさか先生にも隠しているわけではないよな?」
「っえ……父にも聞いたんですか⁈」

倒れるだなんて久しぶりとはいえ、バレたらまた心配をかけてしまう。再び飛び起きようとするとピシャリと叱られた。

「起きるな! まだ絶対安静だ」
突然の医師の顔に反論できず、すごすごとベッドに戻った。
「本当に病気じゃないです……父はなにか言っていましたか?」

「俺の診断はただの緊張からくる貧血だ。ただ表向きわからない持病があるなら病院へ連れていく必要があったから確認しただけだ。良原先生も迷惑をかけたと謝罪をしてくれて、持病はないと言った。俺も無駄に心配はかけないように伝えてるからそこは安心してくれ」

なんとなくの事情を察し、上手く誤魔化しながら聞いてくれたらしい。さすが気が効く人だ。

「ただ、心的外傷によるストレス障害があると聞いた」
掛け布団を握っていた指がピクリと動く。

なるべく触れたくない過去だが、これだけ迷惑をかけて話さないわけにもいかない。
「幼い頃、大人の男の人に殴られた経験があって……それ以来、特に男性が苦手なんです。学生のころは、話すことも苦手で緊張からか過呼吸になったりすることもありました。今はだいぶ良くなっているんですが、突然触れたり大声を出されると体がびっくりしてしまうみたいで」

実の父親だとは言えずそこは濁してしまった。それを言うには、自分が養子なことも話さなくてはいけない。雪音の父は秀夫だけだと思っているので、あまり言いたくはなかった。

匠は雪音が何度か挙動不審になっているところを見ているので、これまでのことを思い出したのか腑に落ちたようだった。
「知らずに申し訳なかった」
頭を下げられ慌てて訂正する。

「謝らないでください。ちゃんと事前にお伝えしていなかったのが悪いんですから」
暴力を受けていたことは知るのは両親だけで、沙友里も『男性恐怖症』と伝えてあるだけで詳しくは知らない。

「演技とはいえ触れてしまった。不快だっただろう」
「いえ、そんな……」

卒倒しそうだったと言えるわけもなく、気まずい空気になる。

「今はどうだ? ふたりきりなのは大丈夫なのか?」
言われてからふと気がつく。

そう言えば、先日助けてもらった時から感じていたが、匠とは他の男性との時よりも緊張が少なく話しやすいようだ。
< 29 / 74 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop