女嫌いな心臓外科医の契約妻になりました
「……大丈夫なようですね」
考えながら言うと笑われた。

「なんだそれ。自分でボーダーがわからないものなのか?」
「わかるほど男性と接してこなかったのが一番の要因ですけど……学校も共学でしたし、男性の全てが駄目なわけではないんです」
「付き合う相手を探していたくらいだし、前向きなんだな」

敢えて女子校を選ばなかったのも雪音としては挑戦だった。顔も覚えていない父親のせいで、いつまでも怯える自分を克服したかったのだ。

「気持ちだけは前向きなんですが、実はこれまでも何度も失敗してるんです」
沙友里に協力を仰いだダブルデートも合コンも上手くいかなかった。結局進歩はなく、このままずっとひとりでいいのかもと諦めかけていたところだ。

情けない自分に呆れ、苦笑いになる。
「予告すれば大丈夫なのか?」
「……? ええ、まぁ……そうですね。いきなりよりは心構えができます」

「触れても?」
「えっ……あ、はい」

(急に、なんだろう)

突然の申し出に緊張しながら返事をすると、匠はベッド脇に移動し腰掛けた。
ベッドが微かに揺れる。

(この人は殴ったりしない)

わかっているのに、ゆっくり腕が上がるのを見ると自然と体が後ろに下がった。
骨ばった大きな手が迫り、ぎゅっと目を瞑る。

緊張がピークに達したとき、ポンと頭に手が置かれ雪音ははっと目を開けた。手はゆっくりと頭を撫でただけだった。
「怖い?」

強張った体が、ゆっくりと解れていく。
この間まで他人同然だった匠に触れられているのは不思議な気分だった。

「い、いいえ……」
怖いとも怖くないとも言えない。匠なら大丈夫だと思いたいのに、体が強張る。
「そんな辛い思いをしたなら、男が怖くて当然だ。雪音は悪くない」

(――あ)
これは診療だ。

どうにかしたくて心療内科も通ったし、自分で出来ることはないかと調べたことがある。

雪音が読んだ本には、トラウマを克服するには三つのポイントがあるそうだが、そのうちのふたつが安全な場所で話を聞くことと、あなたは悪くないと考えを整理させる方法だ。

女嫌いと言いつつ優しいではないか。いや、女には冷たいが患者には優しいと聞くから、つまり雪音は患者扱いなのだ。
冷静になってくると撫でる手がぎこちないように思えてきて、クスリと笑が溢れた。徐々に雪音も慣れてくる。

「何だ?」
「いえ、ありがとうございます」
< 30 / 74 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop