女嫌いな心臓外科医の契約妻になりました

それから四日後、秀夫は無事退院となった。

体は本調子ではない為、三か月は仕事を休養することにし、その後の進退はゆっくり考えると言っていた。
真弓は秀夫が倒れてから目に見えてやつれてしまっていたが、家に毎日秀夫がいることが嬉しいようで、すぐに元気を取り戻していた。

結婚後は歳を重ねるごとに夫婦の関係性は変わっていくのが一般的かと思うが、このふたりはいつまでも互いを思いやっている。
そんなふたりを見るだけで雪音も嬉しくて幸せな気持ちになれた。
匠との状況はというと……正直気疲れがする毎日だ。

次の日からの勤務は、事務員の同僚からは質問攻めにあい、彼を狙っていたであろう女性たちからはすれ違うたびに鋭い視線を浴びている。
秀夫が退院してくれたのはナイスタイミングだった。入院がもっと長引いていたら噂を聞かれてもっと混乱していただろう。
これではすぐに別れたと偽るのも大変だ。どうするべきか頭を悩ませていると、さらに障害が立ちはだかった。

今日は匠に相談する為、夕方から会う約束をしていた。少しだけ残業をしてから退勤し更衣室で帰り支度をしていると、突然院長の娘、愛美が更衣室に乱入してきた。

「良原雪音ね?」

愛美は腕を組み、雪音を値踏みをするかのように視線を一周するとジロリと睨んだ。
「あなた、本当に匠さんの彼女? これまであなたの話なんて一度も聞かなかったけど」
入り口を塞がれ逃げることもできず、荷物を抱えたままオロオロとする。いつもなら他にも帰り支度をしている人はいるのだが、退社時間がズレたせいか今日に限ってひとりだ。

ここで違うと言っても大問題になりそうだ。

「ほ、本当です……ずっと隠していた、ので……」
言葉尻がすぼんでいく。

「嘘。あたしずーっと見張ってたんだけど! 家にだって行ってないじゃない」
「ええと、匠、さんは忙しいので頻繁には……」

(ずっと見張っていた?)
匠を? 雪音を? どちらにしろ褒められた行動ではない。

テーブルに置いてあったスマホが振動し始める。表示された匠の名前を見て、愛美が電話に出てしまった。
「匠さん! 愛美です」
自分とは性格が違いすぎてびっくりすることばかりだ。

スマホは彼女の人質となったが、今の隙に逃げた方がいいのではと思い更衣室のドアを開けて飛び出した。
「雪音、大丈夫か」

扉を開けると、すぐ外にちょうどスマホを耳から離した匠が険しい顔をして立っていた。

「匠さん、どうしてここに」
匠は夜勤明けで一度帰宅しているので、今夜は店で待ち合わせのはずなのに。

「駐車場まで迎えに来てたんだよ。そうしたら、愛美の姿が見えたから嫌な予感がして慌てて追いかけたんだ」
とりあえずこの場は去ったほうがいいと告げようとすると、愛美が更衣室から飛び出して来た。

「匠さん! 来てくれたんですね」
愛美が満面の笑みで抱きつこうとするが、匠はひょいとそれを避けた。

「勘違いしないでくれ。雪音を迎えに来たんだ」
「もう、急になんなの⁈ 彼女だなんて嘘だってわかってるんだから!」

「なぜそんなことがわかる?」
「だって、あたしがアプローチしてる間もデートなんて一度もしてないし、匠さんだって女に興味はないって言ってたじゃない」
まるで見張っていたかのような発言だ。

「まるでストーカーだな。君に話すことなどない。俺と雪音に関わるのはやめてくれ」
匠は雪音のスマホを取り返すとすぐに背を向けた。

「触れるぞ」
雪音にだけ聞こえる声で囁くと、肩を抱いた。
心の準備をする時間などなく、ひゅっと体を固くする。
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