女嫌いな心臓外科医の契約妻になりました
「認めないんだから! 病院に居られないようにしてやるんだから!」
たまたま居合わせた病院関係者がそれを聞き、ぎょっと目を向いている。

(ああ、また噂になりそう)
愛美の悔しそうな顔を横目に、雪音は慌てて足を動かした。

予定していた和食屋に入ると、匠の行きつけの店らしく、予約をしてくれていたようで個室に案内された。
掘り炬燵式の座敷に座ると、熱いくらいのおてふきで冷えた手を温めるように拭った。

「まったく、どうしたらあんな我儘に育つんだ。院長は話のわかる人なのに……」
匠はメニューを開きながらうんざりとしたようにぼやく。

「諦めが悪そうだと思っていたが、ここまでとは。嫌な思いをさせたな。何もされていないか?」
「はい。大丈夫です」

愛美は納得していなさそうだった。今日は付き合っていたが別れたストーリーを作り上げるべく、その相談で会っているのに、これでは難しいではないか。

「相談って?」
匠が切り出す。雪音は落ち着くために案内時に出されたお茶を飲んだ。ほうじ茶の優しい香りにほっとする。

「あの、病院でも噂がすごくて、それに愛美さんの事もあって……」
「ああ、雪音に何があっても怖いし、早めに一緒に住むか」
「ぶっ」

思わず噴き出しそうになり、おてふきで口を抑えた。

「古典的な反応だな」
「わたし、この関係を解消したくてご相談してるんです。どうしてそんな話に」

「結婚間近だと噂が広まっているのに、一緒に暮らしていない方が変だろ。愛美の件でもまだ迷惑をかけそうだし、彼女は何をしでかすかわからない。俺の家の方が安心じゃないか」
「お付き合いしていない人と一緒に暮らすなんてできません!」

困って強めに言い返すと、匠はなぜか嬉しそうにした。

「硬いな。まあそこが良くて雪音がいいと思ったんだけど」
「なんでです?」

説得するより、積極的な人の方が話はスムーズだろうに。

「必要以上に親しくなるつもりはない。その点、雪音は安心だ。さぁ何を食べる? ここは湯葉料理と生麩がおすすめなんだ」
「生麩?」

文句を言おうとしたら、大好物をおすすめされて現金にも目を輝かせる。

「揚げ出しが美味いんだ」
「揚げ出しの生麩⁈ 食べたいです。わたし田楽しか食べた事なくて」

いくつかのおすすめの料理と、日本酒を頼み乾杯をした。
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