女嫌いな心臓外科医の契約妻になりました
存外、匠との会話は楽しく盛り上がる。匠は雪音より映画に詳しく、家にはホームシアターもあるらしい。

「この仕事やってると、映画館にいても呼び出されることもあるから、それなら家で好きな時間に自由に観れた方が気が楽だと思って」
「いいなぁ。ホームシアターずっと憧れていたんですよね」
「一緒に住めばいつでも使い放題、見放題だぞ」

部屋の写真を見せてもらいながら羨ましがると、すかさず匠が畳み込んだ。

「そ、それとこれとは別です」
慌てて距離を取ると、匠は改めて物珍しそうにした。

「なんだか思ってたのと違って面白いな」
「どんなふうに違うんです?」
「良原先生の家で見かけた時は会釈だけで逃げていたし、病院では見事に事務的だから。意外とお喋りなんだなという感想」
「それは匠さんだってそうですよ。もっと怖い人かと……」

怖いのか優しいのか、不思議な人だ。

「俺は時と場所を弁えてるだけだ。仕事中に女を見せてくる奴が一番嫌いだからな」
その噂は予々から耳にしている。最近では、休憩時間なら大丈夫だろうと声をかけた栄養士の女の子が、きつく叱られ泣いてしまったという話だ。

「ウィンウィンの関係で互いに気楽だと思うが、まぁそんなに嫌なら仕方がない。ほとぼりが覚めたら別れたって事にするか」
匠は届いた生麩の揚げ出しをほ味わいながら何でもないように言った。

「せっかくのご提案なのにごめんなさい……」
ほっとしたと同時に、もうこれでこんな風に一緒に食事を楽しむ機会もないのかと思うと少しだけ寂しさを感じた。



帰宅すると遅い時間にも関わらずリビングの電気が付いていた。
ふたりはいつもなら寝ている時間だ。

「珍しい。ただいまー……」
小さな声で言いながら、そろそろとリビングに向かうと誰も居なかった。
夕飯がまだ片付いておらず、全てが出しっぱなしだ。家じゅうがしんとして人の気配がない。

「出かけたの……?」
急に嫌な予感に襲われて、不安になる。いったいふたりはどこに。

「お父さん? お母さん」
その時、スマホのバイブ音が響き、ビクッと肩を振るわせる。
秀夫からだと確認すると、急いで通話ボタンを押した。

「お、お父さん⁈ 今どこにっ……」
『雪音、実はーー……』


通話を終えて急いだ先は、勤務先の病院だ。
真弓が高熱で倒れ、受診をしたら一泊入院となったらしい。ただの疲労らしいが、念の為明日精密検査をする。
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