女嫌いな心臓外科医の契約妻になりました
匠は仕事ができる上に誰もを惹きつける容姿をしていた。
何処にいてもひときわ目を引く、すらりとした長身にスクラブを着ていても程よく鍛えているのがわかる体つき。休日はあるのか心配になる程働いているのに、ジム通いは欠かさないと聞いたことがある。
いったいどうやってそんな時間を捻出しているんだろう。
切れ長の瞳は鋭く、全てを見透かすような瞳は静かだが迫力があり、ただ立っているだけで色気が滲み出ていた。

「本当に匠くんのおかげよ。主人を助けてくれてありがとうね」
真弓がじわりと浮かんだ涙をさっと指で拭う。目の周りが赤らんでおり、雪音が来る前にも泣いていたようで胸が痛む。

「良原先生の教えがあったからこそです」
謙遜するわけでもなく自信に満ちた立ち振る舞いに、秀夫が目を細めまるで息子を見るかのように満足げに匠を見た。

(この人のように生きられたらよかったのに)
雪音もまぶしい目で匠を見る。

彼の立場が羨ましい。もし匠が息子だったら秀夫はなんの心配もなく、頼もしく誇らしい気持ちでいられただろう。
病状と今後のスケジュールを説明すると、匠は予定が詰まっていたようですぐに部屋をでた。

秀夫の回復は順調で、手術から一週間後にはICUから一般病棟に移った。仕事終わりから面会時間が終わるまで毎日見舞う雪音に、秀夫は毎日来なくていいぞと苦笑していたが、これほど近くにいるのに顔を見ないなんて雪音が耐えられない。

顔も知らない産みの母と、暴力ばかりふるっていた父。幼い頃の記憶のせいで今でも男性が、とくに大人が怖い。
生命の危険を感じるほど弱っていた時に養護施設に保護され、心を失いかけていた時に秀夫と真弓に出会った。ふたりは雪音に家族の温かさを教えてくれた大切な人達だ。

このふたりが引き取ってくれなかったら、親の愛情を知らず、人は怖いものだと思ったまま光の当たらない人生を過ごしていたかもしれない。
そんな大好きな秀夫が倒れたとなり、急に足元が崩れていくかのような不安に襲われた。

秀夫も真弓も六十五歳で、いつ何が起こるかわからない年齢だ。もっと若い年代の人たちが、急に倒れて運ばれてきたり、重篤な病気が発覚するのを散々みてきたではないか。
ずっとこのままでいられないわかっていたつもりではあったが、実のところ深く考えないようにしていただけなのだ。

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