女嫌いな心臓外科医の契約妻になりました
ふたりへ恩返しをするのだと、ずっとずっと心に留めながら十日程過ごし、あと数日で退院とだと吉報が入った日。
雪音はフレックスを使い、定時より一時間ほど早くあがると、秀夫が好きなフルーツパーラーへ走った。

フルーツパーラーで販売しているゼリーは、以前秀夫が本当に嬉しそうに食べていたので、回復祝いにまた味わってほしくて、食事制限のことを心配しつつも匠に許可をもらい買いに出かけた。
店は近く、往復しても思ったより早く戻れて、定時に退勤した日より少しだけ早く病室へ着いた。

十七時半。病院の夕食はこれからだから食後のデザートになる。秀夫の喜ぶ顔を浮かべながら扉に手をかけた時、真弓の真剣な声が聞こえて足を止めた。

「あなたの気持ちもわかるけど……仕事は無理をしてほしくないわ」

「心配をかけてすまないね。そうだな。まだまだ子供達と関わっていたいが、君に寂しい思いをさせるわけにもいかないしね」

小児科医の秀夫と幼稚園教諭だった真弓は、互いに大の子供好きだが自身の子供に恵まれなかった。

「引退して老後をゆっくり過ごすのもいいが、趣味もないから暇を持て余すなぁ」

「そうねえ……雪音が結婚して孫でも産まれたら忙しくなるのにね。あの子には幸せになってほしいけど……やっぱりあのことを克服するのは難しいのかしら」
真弓の声が落ち込んだ。

部屋に入り辛くなってその場で立ち尽くす。
(結婚……)

結婚はよくわからないけれど、家族を待つということに強い憧れがあって、父と母のようにいつも互いを気遣い、朗らかに笑い合う夫婦が理想だ。

これまで、家族の間で雪音の異性関係が話題にされたことはなかったが、それは雪音が男性を恐れていることを気遣ってのことだ。
施設に行く前、雪音は父親に毎日のように暴力をうけていた。

見上げるほど大きな影が、腕を振りかぶり何度も頬を叩く。小さな雪音の体は簡単に吹き飛んだ。当時は大人の男性というだけで受け付けられなかったが、今ではだいぶ克服でき、男性は緊張はするものの突如の大きな声や動作がなければ過去を思い起こすことはない。

しかし、だからといって恋愛感情が起きるかと言うとそう簡単ではなかった。
学生時代より友人の幸せそうな話を聞き恋愛には興味があったのに、会話をするのがやっとで授業のダンス科目で手を触れるだけで気分が悪くなっていた。
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