女嫌いな心臓外科医の契約妻になりました
その後、しばらくそのまま体を寄せていた雪音たちは、また油がパチンと跳ねた音ではっと我に返えった。

雪音はなんとなく恥ずかしさが込み上げ、しばらくぎこちなくなってしまったが、一緒に料理をしていたら、またすぐにいつものように話せるようになった。

(それにしても……)

雪音はひとりふふ、と笑う。
今思い出しても顔がにやける。

天ぷらを揚げていたら、実は匠が料理が苦手だというのが発覚したのだ。

手術では神業と言われるほど細かい仕事をしているのに、春菊の天ぷらはもう一息という出来栄えだった。

『おかしい。雪音と同じ衣を使っているのになぜ上手くいかないんだ?』
匠の揚げた天ぷらは、衣をつけすぎて葉がぼてっとしてしまっていた。

雪音が作った薄い衣にパリパリとした仕上がりと全然違う。
『匠さんにも苦手なことがあったんですね』

そんなところを可愛く感じ笑うと、匠は『次は絶対失敗しない』と、リベンジに燃えていた。

そして、天ぷら事件のあの日から、雪音は匠の様子がこれまでと違うような気がしていた。
意識しすぎだからそんな風に感じるのか、とにかく匠の言動が甘く、まるで本当に自分が愛されているような気持ちになる。

大切にすると言ったことを忠実に守ってくれているのだと思うが、時間を合わせてくれるので一緒に過ごす時間が着実に増えていた。
それに加え、頭に触れるリハビリは抱擁に変化した。

朝も夜も、隙あらば匠は抱きしめる。
少しずつ慣れてきているようでよかったと匠は言っていたが、それは違うような気がしていた。

――匠だから大丈夫なのだ。
信頼しているし、安心できる。

勿論、他の男性への効果はゼロではなくて、恐怖は薄れ同僚との会話も以前よりぐっと楽になっている。
そこでもうひとつ変化があり、匠は甘いだけではなく、どうも過保護になった。

同僚の男性と話しているところを仕事中に見かけると、後で何を話していたのか、大丈夫だったのかと聞かれる。
仕事の話をしていただけだと答えると、匠はほっとした顔をするのだ。

(意外と心配性だったのかな?)

雪音の事情をしってくれているから、嫌な思いをしていないか気を揉んでくれているのかも。

「よし……」
コンロの火を止め、冷蔵庫から味噌を取り出した。鍋に味噌を溶いたら支度も終わりだ。

タイミングよくピピーっと炊飯器の電子音が鳴り、ご飯が炊けた合図がした。先に作っておいた 
卵焼きに、小松菜のなめ茸和え、ひじきに里芋の煮っ転がしと、無難な和食をテーブルに並べる。
匠が和食好きなので、時間がある時におかずを作り置きするようにしているので、朝は温めるだけのものが多い。
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