女嫌いな心臓外科医の契約妻になりました
元より挨拶をしたらすぐにお暇しようと思っていたので温かいお茶を出すと、邪魔にならないようにそっと部屋を後にした。一時間ほどで終わると聞いているので、また終わる頃に挨拶に来よう。

ひと仕事を終えて、頃合いを見てまた応接室へと向かう。ノックをしようとした時、後ろから伸びてきた手に肩をぐっと引かれてよろけた。

「ちょっと!」
聞き覚えのある声に振り向くと愛美だった。唇を震わせ、憎悪に満ちた目で雪音を睨む。長い爪が肩に食い込んで、ピリッと痛みが走った。

「あんた……匠さんと結婚したってどういうこと⁈」
「愛美さん……」
大声を出され、心臓がバクバクとする。

(落ち着いて……まずは冷静になってもらわなきゃ)

「ご報告できてなくてすみません。その、匠さんとは……」
「バカにしてんの⁈ なにがご報告よ! 匠さんと縁談があったのはあたしよ⁈ 良原先生の息子だかなんだか知らないけど、コネを使って横取りだなんて」

金切り声は病棟の廊下に響く。事務フロアなのでほぼ職員しかいないが、居合わせた人たちは何事かと雪音たちに注目した。

「ずっとわたしがアプローチしてたのよ。あんたみたいな何の取り柄もない地味な女が匠さんのスペックに似合うはずなんてないじゃない」
捲し立てられどんどん心も体も萎縮する。怒鳴られる恐怖からか呼吸が苦しくなった。

「待ってください、話を……」
「図々しい女っ、いいから今すぐ別れなさいよ!」

髪を引っ張られ、それを拒もうとしたため取っ組み合いのようになる。
騒ぎが室内まで聞こえたのか、応接室のドアが開き匠が慌てた様子で出てきた。状況を把握するとさっと顔を険しくする。

「何をしているんだ!」
匠が叫ぶと同時に愛美が手を振りかぶり「あ」と思った時には顔を叩かれ、乾いた音が響いた。
耳がキンと鳴り、少し遅れて頬がジンジンと痛み出す。

「雪音! 大丈夫か!」
匠は駆けつけると、雪音から愛美を引き離す。

しかし叩かれたショックからは解放されず、ぐわんと視界が回ると意識が過去に飛んだ。
――幼い頃の記憶だ。

大きな影が迫り、振り下ろす手をただ呆然と受け止めることしかできなかった過去。たくさん怒鳴られ、泣いても謝ってもそれは終わらなかった。

「雪音っ」
匠が抱きしめてくれる。

泣いて縋りたかった。――けれど、

「君はなにをっ……」
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