Re:Romance
「いやあ実来、なかなかいい吠えっぷりお疲れぇい」
会議室を後にして、事務所に戻る廊下で課長に背中を叩かれた。
「なんで僕が最前線で戦わされたんですかね? デッドラインの綱渡りはスリルしかありませんでしたよ。」
「なんでってお前、メーカーへの逆出向狙ってんだろ? ならリテールに楯突くぐらい経験しとかないとさあ。」
「課長、おこがましいこと平気で発言してみてもいいですか?」
「いつもおこがましいよお前。」
「あの、もしかして課長がうちに出向してきたのって。僕をメーカーにスカウトするためじゃ、」
冗談を、満開の真顔で言ってみる。いつも100%の冗談を退屈そうな顔でしか言わない香椎課長が羨ましい。僕がそんな風に冗談を言っても笑いはとれないから。
それならいっそ真面目に全振りしたら、相手は少なくとも退屈しないのではないか。
「半分そうよ。」
「え。嘘。」
「毎年評価シートの目標達成度と数字みて有能社員に目えつけてな。ディーラーからの引き抜きを査定するために、俺みたいなメーカー社員が出向してんだから。」
課長が僕の頭をワシャワシャと撫でて。そしてなぜか「七三に整えてやる」と言って僕の髪を慎重に触り始めた。
課長の愛嬌は、決して親の遺伝と肩書から引き継いだものではないのだろう。この人は誰に対しても媚びへつらいもせず、威嚇するわけでもない。
僕たち子会社ディーラーの愚痴にも耳を傾け、一緒に戦う姿は、香椎寿佐という人間の基軸を伺わせる。
態度は悪いっちゃ悪いけれど、それもまた親の七光りを全く翳していない嫌味なやつよりは、いい印象に傾いていると思う。
ただ“半分”だと応えたのは、もう半分の質疑を受け付けるということなのか。
「香椎課長、じゃあ、もう半分っていうのは、」
僕の髪をいまだいじる課長を見上げれば、そこには道化よりも非道いシニカルさが浮かんでいる。
ジャングルで絶対的王者を本能で悟った毒ヘビの気分。縫うとかいってすみませんでした。
『お前のその毒で壊死させた罪は詰みでしかないよ?』
そんな声が聞こえてきそうで、喉元に毒では溶かし切れなかったシコリを感じとった。
ずっと引っかかっているのに今さら後悔してもどうにもならないもの。
罪悪感を感じるとタバコを吸いたくなるというメーカーの木叉さんの言葉を思い出す。誰かさんの彼氏作りのために開催された男女混合カンファレンスに邪魔しに行ったのはまだ先週のことだ。
タバコを吸わない僕はどうやら、罪悪感に慣れすぎると悪いことをしたくなるらしい。