Re:Romance


「実来君!会議は終わった?」


 背中から呼ばれた声に引き戻されて振り返る。


「ああ、うん。代車手配してくれた?」

「しといたよ。6台ともコンパクトカーで良かったよね?」 
   
「ありがとう真田。」


 真田静久が課長に挨拶をして頭を下げれば、課長が空気を読んで「先行ってるわ。」と掃けてくれた。


 “もう半分”の違和感を残したまま。


 僕と課長の間にある溝には気付きもしない真田が、僕を下から覗き込んできた。


「ねえ、今日は帰り、遅くなる?」 

 
 つなぎ姿でカールされた髪を耳にかける真田は、ギャップ萌えをよく理解している。下心を隠した無邪気な笑顔は可愛くないといえば嘘になる。


「うん、今日も明日も明後日も私生活奉納日。」

「そっか。じゃあお昼は外出れる? ついてきて欲しいカフェ見つけちゃって。」

「カフェとか男に需要性があると思ってるの?」

「実来君にはなくても私にはあるの。」

「僕にないって分かってるなら他の女子誘えば?」

「実来君と2人で行く需要性が私にはあるっていってるの!」


 騒がしかった廊下が急にシンとなった気がした。周りを見れば、皆僕らの会話に耳を傾けていない振りをしている。 

 
 急に下心出してくるね。


 経験者は語る立場から言わせてもらえば、こういう女性に男は簡単になびくものだ。


 ただし下心の出し入れが上手い女性というのは、平気で男をキズ者にできる。


「つまり、嫌われてるから他に誘える女子がいないってことね。」

「違うもーん。」 

「いいよ、ぼっちのお供してあげる。」

「ほんとぉ? やったー。コーヒーおごるよ。」


 やったー。の笑顔を見せる真田。来た廊下を振り返る時不意に見せた影は、僕に何の罪悪感も与えなかった。


 モテる同期に全力の下心を出されても、僕には気付かない振りしかできない。なびかない僕が残酷だとでも言おうもんなら、丸裸の僕をひと思いにやってくれればいいと思う。


 僕をキズつけられるのはたった一人なのだから。これでも彼女以外にはやられない耐性スキルと、やられた時の蘇生アイテムは身に着けているつもり。
       


 整備工場へ戻ろうとする真田が、早くも他の営業マンに話しかけられている。どうやら夜の飲みに誘われているらしい。真田が僕をチラ見する。


 会議室前の廊下はせわしなさすぎて、真田の意向がうまく汲み取れない。煽られない嫉妬に『悪いね。』とだけ胸の内で伝えた。

 
 下の階の事務室に戻ろうと階段を降りていけば、そこには僕を見上げる香椎課長の姿があった。


「なんですか。誰かを待ち伏せですか?」


 百獣の王が、会議仕様のハイクラスネクタイをゆるめ、あくびをした。その胸元には、さっきまで手元で遊んでいたミント色のボールペンが自己主張している。




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