Re:Romance


 10日間の出張明け。出勤早々新車部の会議で上っ面の事情を把握し、中古車部に様子を見に行けば、そこはすでに腐海。


 メーカー勤務の木叉といい感じだという高市歩子が、デスクに雪崩れて死にかけていた。


「香椎かちょう! なんでこんな時にいなかったんですか!」


 目を潤ませ、今にも泣き出しそうなボブヘアの高市が、拳を握り締め俺を見上げた。


 一瞬抱きしめそうになったのを咳払いで誤魔化し、真相を聞いた。


「里夏先輩もすぐ謹慎入っちゃうし、日比野さんも急に辞めちゃうし!私を一人で働かせるなんてあんまりですっ」

「そういう意味かい。」    
  
     
 隣にある里夏のデスクを見れば、すでに辞職の腹を括った人間の空虚感しか残されていない。引き出しにはまばらなペンたちとミント色の罪の意識が取り残されていた。


 このミント色のボールペンは『RUNRU』とのコラボ企画で作製したこの世に50本しかない代物。俺にとっては宝物。哀しいかな、里夏にとっては宝の持ち腐れ。 


 里夏にとってこのボールペンは、仕事で使う道具の一つに過ぎないのだと改めて痛感する。


 その日の夜、全身の疲れも取れないまま、俺はこの辺りで老舗と名の知れた観光ホテルへと向かった。


 メッセージに記された17階のラグジュアリーフロア、1715号室ラグジュアリースイートの部屋。


 そこには俺の婚約者である日比野芽衣がいた。



「随分と早かったですね、寿佐(かずさ)さん。」


 ソファに座る芽衣が、今飲もうとしていたカップをテーブルの受け皿に置いた。細身で歪にカールしたカップの持ち手が高級感ある食器を窺わせる。

   
「早く会いたくてね。」

「嘘でも嬉しいです。紅茶にします?コーヒーにします?」


 芽衣が立ち上がり、電話機のある方へと歩いていく。今日はワンピースにカーディガンを羽織りいつもの私服スタイルだ。


ハーフアップの髪を耳に掛け、受話器を取ろうとする。


「いやインスタントコーヒーでいい。」

「じゃあ、エスプレッソにします?それともキリマンジャロ?」

「俺がやるって。」


 ジャケットの前ボタンだけを外して、ソファにビジネスバッグを置く。簡易キッチンでケトルに水を入れた。




< 86 / 96 >

この作品をシェア

pagetop