絡まる残り香―滴る甘い蜜―
【第一話】:鏡の中の「良い母親」1
窓から差し込む朝の光は、残酷なほどに家庭の現実を照らし出す。
ひとみは手際よくベーコンを焼きながら、心の中でため息をついた。
「理央、早く食べなさい。遅刻するわよ」
「わかってるって。ママ、今日の卵焼き、ちょっと形崩れてない?」
「食べちゃえば、どれも一緒でしょ」
小学5年生の理央は、最近めっきり大人びてきた。
母親の些細な揺らぎを見透かすような、鋭い瞳。
(……理央が大人に成るまでは……)
そんな娘を「大丈夫よ」と笑って学校へ送り出す。
その傍らで、夫は新聞に目を落としたまま、一言も発さずにトーストを口に運んでいた。
コーヒーを飲み干すと、ひとみと視線を合わせることすらなく、機械的に玄関へと向かう。
カチリ、と鍵の閉まる音。それがひとみにとっての、自由時間の始まりの合図だった。
(完全に終わってる……まるで他所の人みたい)
ひとみも急いで身支度を整える。鏡に映る自分は三十代後半。
まだ肌の張りはあるし、通勤の服に包まれた体躯は、男たちの視線を奪うだけの曲線を描いている。
けれど、心の中は枯れ尾花のようにカサついていた。
午前の外来患者は多く、窓口業務は猫の手も借りたい程の忙しさ。
昼12時を過ぎ、ひとみも昼休みに入り、同僚と院内の食堂でランチを取る。
女同士のランチは、食事をするのか、お喋りをするのか、区別がつかない。
突然、スマホが鳴る。
ひとみは手際よくベーコンを焼きながら、心の中でため息をついた。
「理央、早く食べなさい。遅刻するわよ」
「わかってるって。ママ、今日の卵焼き、ちょっと形崩れてない?」
「食べちゃえば、どれも一緒でしょ」
小学5年生の理央は、最近めっきり大人びてきた。
母親の些細な揺らぎを見透かすような、鋭い瞳。
(……理央が大人に成るまでは……)
そんな娘を「大丈夫よ」と笑って学校へ送り出す。
その傍らで、夫は新聞に目を落としたまま、一言も発さずにトーストを口に運んでいた。
コーヒーを飲み干すと、ひとみと視線を合わせることすらなく、機械的に玄関へと向かう。
カチリ、と鍵の閉まる音。それがひとみにとっての、自由時間の始まりの合図だった。
(完全に終わってる……まるで他所の人みたい)
ひとみも急いで身支度を整える。鏡に映る自分は三十代後半。
まだ肌の張りはあるし、通勤の服に包まれた体躯は、男たちの視線を奪うだけの曲線を描いている。
けれど、心の中は枯れ尾花のようにカサついていた。
午前の外来患者は多く、窓口業務は猫の手も借りたい程の忙しさ。
昼12時を過ぎ、ひとみも昼休みに入り、同僚と院内の食堂でランチを取る。
女同士のランチは、食事をするのか、お喋りをするのか、区別がつかない。
突然、スマホが鳴る。