絡まる残り香―滴る甘い蜜―

【第一話】:鏡の中の「良い母親」2

美奈代からの着信だ。

「ねぇ…週末、上野に行かない?」

「例のお店でしょ?……いいけど、余り遅くまでは駄目よ」

同僚と一緒なのを、意識しての返答だ。

「……私、伊豆以来ご無沙汰なのよね……やりたくて、やりたくて堪んない、ふふふ……」

美奈代は「雌」丸出しに返し、含み笑いをした。

(……上野か、気分転換もいいか……)

食事を済ませ、ひとみ達は職場へ戻って行く。

午後、廊下で外科医の加納とすれ違った。

彼は一瞬足を止め、ひとみの耳元で囁くように言った。

「ひとみさん、顔色が悪いね。今夜、軽く飲みに行かない? 悩みなら聞くよ」

加納の視線は、ひとみの胸元を執拗に追っている。

「……お誘いは嬉しいですけど、今日は結構です。お疲れ様です」

「冷たいなあ。あの時はあんなに熱かったのに」

加納の馴れ馴れしい口調に、嫌悪感と、同時に肌の奥がチリつくような感覚を覚える。

「……今日は無理。そんな気分じゃないのよ、同僚と約束があるの……分かって」

(もう加納(あなた)では、満足出来ないの。ママゴトごっこは、お開きね……サヨナラ)

加納のような「わかりやすい」男は、今のひとみの渇きを癒せそうになかった。

仕事帰り、駅前のファミレスで同僚と、とりとめもない噂話に花を咲かせた。

「最近、不倫ブームだよね。うちの旦那なんて、もう空気だよ」
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